山野内在カナダ大使

9月の声を聞き、ここオタワでは、徐々に秋の気配が感じられる今日この頃です。振り返れば、今年の夏は、世界各地で記録破りの危険な暑さが報告されました。ヒート・ウェーブや山火事が与えた甚大な被害を思う時、異常気象が常態化していて、地球温暖化対策は待ったなしの課題です。そこで、実感するのがカナダの先進的な取組みです。トルドー政権は、全般的にプログレッシブな政策を展開していますが、特に環境・気候変動の面で強力なリーダーシップを見せています。そこで今回の「オタワ便り」では、地球温暖化対策のカギとなるCCS (Carbon Capture Storage:二酸化炭素回収・貯留)を取り上げたいと思います。

少々長くなりますが、お付き合い下さいませ。

〈世界初のCCS付き石炭火力発電所〉

CCSとは、工場や発電所等の産業活動から排出される二酸化炭素を大気中に放散する前に回収して地下に貯留する技術です。何故、このCCSが重要かと言えば、187ヶ国が批准しているパリ協定に基づいて、各国が約束している温室効果ガスの削減目標の達成に向けて必要不可欠な技術だからです。そして、このCCSに関して、カナダは世界最先端を走っています。

Source: SaskPower ホームページ

私もつい最近知った事なのですが、商業的規模でのCCS施設を世界で最初に稼働させたのはカナダなんです。それが、サスカチュワン電力公社(SaskPower)のバウンダリー・ダム発電所3号機です。専門家の間では極めて有名です。兎に角、石炭火力発電所と完全統合されたフルチェーン型の二酸化炭素回収・貯留施設にして、現在、世界で唯一の運転中のCCS導入石炭発電所なのですから。

貯留のため加圧施設

(ご提供:山野内在カナダ大使)

バウンダリー・ダム発電所3号機〉

サスカチュワン州エステバン市

まず、バウンダリー・ダム発電所の概略です。サスカチュワン州南部の米国との国境近くの街エステバンにあります。8月8日(月曜日)、私は、このCCS施設を視察する機会を得ました。グレッグ・ミルブランド所長が文系人間の私にも大変分かりやすく説明して下さいました。

1959年から稼働している石炭火力発電所で、1号機及び2号機は既に停止して、現在は3号機のみが稼働中です。CCS施設は、この3号機の不可分の一体です。石炭火力発電の際に排出される二酸化炭素を回収・貯留しています。

このCCS施設付きの石炭火力発電所建設義論が始まったのは2004年です。パリ協定が採択されたのが2015年12月ですから、未だ京都議定書の時代でした。その段階で既にCCS実用化に向けた義論が始まっていたというのは、カナダのこの分野での先進性を如実に示しています。しかも、当時、CCSは理論上は二酸化炭素の回収・貯留は可能ということでしたが、費用面を考慮した実現可能性については慎重に捉える見方が大多数だった訳です。が、様々な論議を経て、2010年、遂に3号機の建設が始まります。

そして、2014年10月、4年余の歳月と総工費15億加ドルを費やして3号機が完成し、商用運転が開始されました。実験施設ではなく実際に商業ベースで稼働・運営するCCSとして世界初。10万世帯分の電力を生み出しながら、排出される二酸化炭素の90%以上を回収しています。

〈二酸化炭素の回収と貯留、環境への影響〉

CCSの基本的仕組みですが、2つのプロセスがあります。

第1に、二酸化炭素の回収プロセスです。

アミン溶剤タンク

(ご提供:山野内在カナダ大使)

発電の過程で発生する高温の排ガスが管を通過する過程で、循環する水によって30〜40℃にまで冷却されます。冷却された排ガスは、特別なアミン系の吸収溶剤に満たされたタンクに送らます。そこで化学反応が起き、排ガス中の二酸化炭素がアミン溶液と結合します。二酸化炭素を吸着したアミンが分離装置に送られ約120℃に加熱されます。そこで、二酸化炭素とアミンが分離され、二酸化炭素が回収されます。この一連の過程で世界最大級の熱交換器が使われていてエネルギー節約に効果を上げているとのことです。

回収された二酸化炭素の量

(ご提供:山野内在カナダ大使)

2014年10月の運転開始から、私が視察した2022年8月8日までの間で回収された二酸化炭素は458万3936トンです。この数字はイメージし難いのですが、丸い数字で言えば、3号機石炭火力発電は1年間で10万世帯に電気を供給しつつ50万トンの二酸化炭素を回収してますが、それは、12万台の自動車が1年間に排出する二酸化炭素の量に相当します。大きな社会的インパクトです。

次に、二酸化炭素の貯留プロセスです。

回収された二酸化炭素は、特別な配管で発電所から3.5km離れた貯留施設まで送られます。此処には専用の井戸が掘ってあり、地表から3.5kmの地下に在る砂岩層まで、回収した二酸化炭素を高圧で注入します。二酸化炭素は地下3.5kmの岩石の孔隙に貯留されます。

理論的には、一旦、貯留地層に注入された二酸化炭素は、数世紀にわたり貯留状態が維持され、その層よりも上に在る帯水層や地表に影響はないとされています。

とは言え、万が一にも二酸化炭素漏洩が発生した場合の周辺環境への影響に関し深刻な懸念もあります。従って、周辺住民及び州政府・連邦政府等への説明責任を果たすことが重要です。飲用地下水の水質や地質の定期的な調査が行われています。更に、人口衛星や人口振動を利用した地表面や地層の微細な変化についてモニタリングされていて、実際に計測し影響が無いことが確認されています。

〈更なる前進 〜回収された二酸化炭素の活用etc〉

バウンダリー・ダム発電所3号機は、上述の通り世界初の施設です。前例もお手本も無いプロジェクトですから、予期しない障壁や想定外の事態も生じ得る訳です。様々な修正や改善が不断に行われ、パフォーマンスの向上とコストの削減に繋がっています。

そして、CCSによって回収した二酸化炭素の活用・販売、オフセット・マーケットの構築、研究データ等の共有、そして二酸化炭素回収の際の副産物である二酸化硫黄や燃焼灰の販売も進んでいます。社会全体で地球温暖化に対処するCCSのエコシステムが構築されつつあります。

例えば、3号機CCS施設で回収された二酸化炭素の一部は、約50km離れたウェイバーン油田に送られています。これは、EOR(Enhanced Oil Recovery:石油増進回収)と呼ばれる技術で、油田に二酸化炭素を注入、その圧力によって油田に残留している原油を押し出しつつ二酸化炭素を地中に貯留しています。正にCCUS(Carbon Capture Utilization and Storage)です。

日本企業も環境問題に敏感です。投資家もESG(Environment Social Governance) を重要な指針にしています。環境分野での日本の技術力が将来のビジネスの鍵でもあります。上述の3号機CCS施設のモニタリングにはJOGMEC(独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構)が最新鋭の計測器を設置する等具体的な協力が進んでいます。今後、カナダにおけるCCS等環境エネルギー分野への日本企業の一層の出資・投資が期待されています。

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