山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、日加関係を応援して下さっている皆様、こんにちは。

私は、今、世界一寒い首都オタワの冬を初めて経験中であります。オタワ在住の友人は、30年ほど前までは、氷点下40度まで気温が下がる事もあったと言います。が、今年のオタワの冬は暖冬です。世界一長いと言われるリドー運河天然スケート・リンクも未だオープンしていません。運河が完全に凍って安全が確認できる基準が氷点下10度以下の日が10日間連続することです。今年は、その基準が未だ満たされていません。リドー運河スケートのオープンが2月になるのは、史上初。正に、地球温暖化です。

リドー運河の天然スケート・リンク: Rideau Canal Skateway

(Source: Ottawa Tourism)

という事で、今月の「オタワ便り」は、カナダが官民あげて本格的に取り組みを強化している重要鉱物(critical minerals)についてです。去る1月、岸田総理がオタワを訪問され、トルドー首相との間で中身の濃い首脳会談を行った際にも議論になりました。地球温暖化にも関係します。

重要鉱物は、地球温暖化対策の切り札であるゼロ・エミッション車や革新技術に不可欠な資源です。各国、各企業の国際競争力に直結します。が、新型コロナ感染爆発、ロシアのウクライナ侵略で、重要鉱物のサプライ・チェーンに悪影響が出ました。更に、権威主義体制の国家が経済的威圧の手段として重要鉱物を利用する事例も散見されます。これまで半ば当然視されていた重要鉱物の安定供給は、戦略的重要性を有する事が明らかになりました。重要鉱物は、もはや国際市場で取引される単なる品目ではなく、地政学的な意味合いを持つ非常に重要な(critical)資源になっているのです。

そんな情勢の下、カナダ政府は昨年12月9日(金)、重要鉱物資源戦略を発表しました。

重要鉱物戦略 (The Canadian Critical Minerals Strategy)とは?

The Canadian Critical Minerals Strategy

カナダ政府は重要鉱物戦略の背景を次のように概観しています。

「重要鉱物は、ソーラーパネルや電気自動車用電池等のクリーン・テクノロジーの素材である。更に、中産階級の雇用を創出し、カナダ経済を成長させる重要な要素である。世界的なネット・ゼロ経済へ移行と重要鉱物の需要増大は、カナダの雇用とビジネスにとって大きな機会を生んでいる。現在の地政学的な情勢下、同志国は、クリーン・テクノロジーに必要不可欠な安全で安定的な資源確保を意識している。」

カナダ政府は、野心的な気候変動対策の目標を達成するとともに、グローバルな安全保障とサプライ・チェーンの強靭化に貢献しつつ、重要鉱物の探査、抽出、精製、製造、リサイクルにより、カナダの全ての地域における世代を超えた雇用創出と経済的機会の提供を目指すとしています。そのため、カナダ政府は、2022年4月から23年3月までの22年度連邦予算から最大で38億加ドル(約3800億円)を拠出する旨明言しています。研究開発・技術展開を含む地球科学及び探査から精製・生産・リサイクルまで、重要鉱物に関する包括的なサポートです。

この戦略は、重要鉱物としてカナダに存する31種類を特定しています。特に重視しているのがリチウム黒鉛ニッケルコバルト希土類元素カリウランアルミニウムです。グリーン・エコノミーに直結し、未来の競争力を決定づける資源です。

そして、目的を5つあげています。

  1. 経済成長、競争力、雇用の促進、
  2. 気候変動対策と環境保護の推進、
  3. 先住民族との和解、
  4. 多様で包摂的な労働力とコミュニティーの育成、
  5. グローバルな安全保障と同盟国とのパートナーシップの強化、です。

この戦略の複合的な狙いが明快です。

持続的重要鉱物アライアンス (Sustainable Critical Minerals Alliance)

重要鉱物戦略発表の3日後、12月13日(月)、ウィルキンソン天然資源大臣臣は、持続的重要鉱物アライアンスを立ち上げました。環境面で持続可能で社会面で包摂的な重要鉱物の採掘・加工・リサイクルを確保した上で、サプライチェーンをグローバルに構築するための同志国による取り組みです。カナダが提案するこのアライアンスには、日、米、豪、英、仏、独が参加を表明しています。

持続的重要鉱物アライアンス

このアライアンスを国際的に発信する観点から、アライアンス発足の記者発表は、同時期にモントリオールで開催されていた生物多様性条約COP15の国際会議場で行われました。各国政府関係者、企業、先住民が詰めかける中、私も出席しました。ウィルキンソン大臣の発言を受けて、私からは概要次のように発言しました。

持続的重要鉱物アライアンス式典でのスピーチ

(ご提供:山野内駐カナダ大使)

重要鉱物には、国内政治経済的な視点と地球温暖化対策、そして外交・安全保障の視点が交差している。資源大国でありG7であるカナダが果たすグローバルな役割は大きい。同盟国・同志国との連携もが極めて重要であり、ウィルキンソン大臣のイニシアチブを評価する。日本企業も大きな関心を示している。また、先住民族との関係でも一層の理解と支持に繋がる事を期待する。

記者発表後、先住民の代表者が、私が先住民に言及した事について高く評価していると話しかけてくれたのが印象的でした。

ウィルキンソン天然資源大臣訪日

そして、本年1月、ジョナサン・ウィルキンソン天然資源大臣が訪日しました。高市経済安保担当大臣、野村農水大臣、中谷経産副大臣らと極めて精力的に会談を重ねました。日本の主要企業とも会っています。日本側からすれば、自動車産業を筆頭に、重要鉱物の調達先としてのカナダに注目しています。カナダはG7、TPP、「自由で開かれたインド太平洋」を共有する同志国であり、カントリー・リスクの低い投資先ですから。カナダ側からすれば、重要鉱物開発を進めるために、日本からの本格的投資に期待しているのです。

ウィルキンソン大臣と、公邸にて

(ご提供:山野内駐カナダ大使)

この関連で、昨年秋に起きた二つの事を思い出します。

まず、10月21日、三井物産が、ケベック州NMG社の転換社債25百万米ドルの引受けに合意した旨発表しました。この案件はパナソニックエナジー社の電気自動車用電池事業に係るものですが、NMG社は水力発電によるクリーンエネルギーを使用した製法で、電気自動車のリチウムイオン電池の原料から負極材まで北米で一貫生産するデモ・プラントを立ち上げ、数年後の量産を計画しているのです。

ケベック州マタウィニー鉱山

(三井物産のプレスリリースより)

次に、11月2日、カナダ政府は、カナダ投資法に基づく国内重要鉱物に関与する中国企業3社に対し投資売却命令を出した旨発表しました。

まさに、重要鉱物は地球温暖化対策と経済安全保障が交差しているのです。

実は、ウィルキンソン大臣は、訪日の際に日本経済新聞のインタビューを受けています。

重要鉱物戦略について、「カナダにおける資源開発を加速させ、日本、米国、オーストラリアなどの友好国と連携し、中国に依存しない体制を目指す」と極めて率直に語っています。

重要鉱物資源開発が直面する3つの課題

最後に、カナダの重要鉱物開発が直面する課題についてです。

重要鉱物は、上述のとおり、地球温暖化対策と経済安全保障の両面からカナダの戦略の中核にあり大きな潜在力があることは明らかです。国際社会も日本企業も期待しています。しかし、①インフラの未整備、②厳し過ぎる環境規制、③先住民の理解と支持の欠如、という難しい問題があります。

ウィルキンソン大臣を公邸にお招きして親しく懇談した際にも、この3点を指摘しました。同大臣はその解決の必要性を十分に認識し対処してく旨明快に述べていました。今後の進展に注目しています。

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