カルガリー・サスカトゥーン出張

山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、カナダ・ファンの皆様、日加関係の発展を応援して下さっている皆様こんにちは。

11月になり、オタワの気温もぐっと下がって来ました。サマータイムも終わり、日没の時間も早くなり、長崎出身の私にとっては、既に十分に冬です。 が、オタワではまだ序の口。2度目の本格的な冬はこれからです。

はじめに

今回の「オタワ便り」は、やや旧聞に属しますが、9月27日〜29日のアルバータ州カルガリーとサスカチュアン州サスカトゥーンへの出張報告です。実質2日間の日程でしたが、非常に盛り沢山で、現下の日加関係の充実ぶりを反映していると実感しました。全行程、渡部カルガリー総領事と一緒でした。総領事の多彩な人脈に触れる良い機会でした。

日程の概略を記すと、

27日(水)午前4時起床、朝一のエアカナダ便で、午前9時カルガリー着。

28日(木)早朝のウエストジェット便で午前10時サスカトゥーン着

29日(金)午前4時半起床、エアカナダ便にてトロント経由で夕刻オタワ着。

日加関係全般、環境・エネルギー・脱炭素関連の経済情勢、日系コミュニティーの地元での活動、農業の現場と対日輸出等々について、政治家、学者・有識者、日系人リーダー、農家など多様な立場の見解を伺うことが出来ました。

アルバータ州ダニエル・スミス州首相との会談

ダニエル・スミス州首相との会談

写真ご提供: 在カナダ日本大使館

今回の出張のハイライトでした。一般に州首相は、カナダ政治において実質的権限を持つ大きな存在です。アルバータ州は、日本の1.8倍の面積、人口400万人、GDP約3,000億米ドル。世界のGDPランキングで見れば、45位のルーマニア、チリと同規模です。歴史的には、アルバータ州は、東部エスタブリッシュメントのオンタリオ州・ケベック州及び連邦政府を“ローレンシアン”と呼び、平原州の誇りと独自性を主張しています。特に、スミス州首相は、アルバータ・ファーストを全面に出した主張を展開。苦しい選挙でしたが、本年5月に再選を果たしました。

ダニエル・スミス州首相との会談

写真ご提供: アルバータ州政府

スミス州首相は、日本との関係強化に強い関心を示しています。背景には、2050年ネット・ゼロに向け世界中で脱炭素化が加速する中で、伝統的経済の柱であるオイル・ガスの一大拠点アルバータ州にも変化が不可欠との現実があります。

第1に、水素。州都エドモントン近郊は、今や水素ハブの様相を呈していて、トヨタの水素自動車ミライもエドモントン国際空港を軸に導入されています。スミス州首相は「エドモントン水素ハブ戦略」に言及しつつ、西カナダにカリフォルニア州のような水素供給クラスター構築を目指す旨熱く語っていました。アルバータ州への日本企業の直接投資に期待を示しました。

第2に、アンモニア。アルバータ州は、生産過程で排出されるCO2を回収・貯留して大気への排出を実質的に抑制しつつ生産されるブルー・アンモニアに大きな可能性があります。日本企業もビジネス・チャンスと見ています。私からは、アルバータ州から西海岸プリンス・ルパート港までの国内運搬のコストを如何に下げるかが鍵である旨指摘しました。

第3に、LNG。現在、シェルや三菱商事等が出資するLNGカナダという巨大プロジェクトが進行中です。これは、ブリティッシュ・コロンビア州のLNGですが、スミス州首相はアルバータ州のLNGの輸出可能性にも言及されました。

第4に、小型モジュール原子炉(SMR)。スミス州首相からは、現在アルバータ州には原子力発電所はないが、温室効果ガス削減目標達成の観点からSMR導入について検討している旨の発言がありました。私からは、オンタリオ州とサスカチュアン州は、GE日立製BWRX-300の導入に向けて契約を結んでいる旨説明しました。特に、オンタリオ州は2028年の完成を目指していて世界初のSMR運用になる見込みと強調しておきました。

更に、スミス州首相からは、アルバータ牛の対日輸出への熱意や今年4月の新興のウエスト・ジェットによるカルガリー成田直行便の運航開始にも触れられました。そして、早期の日本訪問を検討中とのことでした。

カナダの10州3準州の中で最も高い人口増加率を誇り、新しい経済の息吹も感じさせるアルバータ州との関係の深化を実感した会談でした。

スティーブン・ハーパー前首相との会談

ハーパー前首相とは、昨年6月に着任挨拶を兼ねて電話会談しましたが、今回が初めての対面での会談です。渡部総領事公邸の大和田千恵シェフの素晴らしい料理のおかげで、大変に寛いだ雰囲気の中、最近のビジネス環境、中国、ウクライナ等の国際情勢、日加関係、北極、カナダの国防政策、カナダ内政等々、実に率直かつ洞察力に富んだ話を伺うことが出来ました。

カルガリーは、ハーパー前首相の地元で、現在は、地元の投資ファンド関連の仕事で海外へも積極的に出張されていて、国際情勢にも鋭いアンテナをお持ちです。既に、政界を引退していますが、現役時代は保守党を再建し、自由党のマーティン政権を破って、約10年に亘り政権を率いました。現下の自由党トルドー政権に対しては、中国やインドとの外交関係、更には経済政策、国防政策について非常に辛口でした。

保守党に関しては、ピエール・ポリエーヴ党首を高く評価。ハーパー政権では、彼の能力を買って閣僚に任命したことを懐かしく語っていました。政治状況については、カナダであれ日本であれ、一寸先は闇です。が、私から敢えて伺いました。ハーパー前首相は「選挙は、任期満了に近い2025年。結果は保守党勝利。首相はポリエーヴで決まり」と断言されていたのが印象的でした。

ハーバー前首相との昼食会

写真ご提供: 在カナダ日本大使館

ハーバー前首相との昼食会

写真ご提供: 在カナダ日本大使館

カノーラ農場視察

日本の27倍の国土面積を持つカナダは、食料自給率230%の農業大国です。一方、日本の食料自給率は38%で世界各国から食料を輸入していますが、カナダは日本にとって第3位の食料供給国です。中でもカノーラ(菜種)は例年、日本の輸入額の約80%がカナダ産です。カナダから見ても、日本は主要輸出先。今回は、カナダ・カノーラ評議会に調整をお願いし、同評議会の農学専門委員イアン・エップ氏が経営するサスカトゥーン近郊ブレイン・レイクの農場を視察しました。

エップ氏は、大変な親日家で、入念な準備を頂きました。最新式の大型コンバイン等が並ぶ姿は圧巻でした。今年は、天候良好で例年より早く収穫が終わりましたが、2000エーカー(東京ドーム174個)の広大な農場で大変リアルな説明を受けました。

  1. サスカチュアン州北部は土壌の保水力が高く乾燥した気候がカノーラに適している。
  2. 需要も伸びて価格も上昇している。
  3. 同じ作物の連作は土壌の養分不足や病害虫に繋がるので、農地を区分けして、小麦、オート麦、大麦、亜麻、エンドウ豆等を輪作している。

最も感銘を受けたのは、ハイテクを駆使した21世紀の農業です。衛星を用いて、水分、窒素、カリ等の含有量、肥料残量等、詳細な土壌分析を活用して、最も効率的で必要最小限の資材投入のタイミングと個々の箇所を決めます。それらのデータをコンピューター搭載のコンバインやトラクター等の農業機械に入力。自動運転で肥料等を散布し、刈り取りも行います。少人数で極めて効率的です。技術が日進月歩ですから、5〜10年で新しい機種に更新しているそうです。

最後にもう一つ。エップ夫人は、お茶受けにポッキーとお煎餅を用意してくれていました。日本から遥か遠いカナダの大平原での歓待に感動しました。地元のアジア・フード・マーケットで売っているそうです。サスカトゥーンにとって日本は身近な存在だと納得しました。

カノーラ農場視察

写真ご提供: 在カナダ日本大使館

カナダ日本研究学会(JSAC)

歴史的にも地理的にも欧州・大西洋との関係が深いカナダが、アジア太平洋地域への関心を強め、昨年11月「インド太平洋戦略」を発表しました。このような主要な外交政策の策定の過程で、知的インプットを行っているのが大学教授・シンクタンカー・研究者の方々です。日本専門家の貢献も大きいです。その文脈で、カナダ日本研究学界が果たして来た役割に注目すべきです。

実は、カナダの日本研究学会設立は1988年です。第2次世界大戦中の日系カナダ人に対する非道な行為に対する謝罪と賠償金支払いのリドレス合意が署名された年です。更に、今や世界最大級の国際的交流事業であるJETプログラムにカナダが参加した年でもあります。過去を総括する リドレス合意と未来志向のJET、日本研究学界の設立が同じ1988年で、今年が35周年というのは象徴的だと感じます。

JSAC35周年となる今年の総会は、サスカトゥーン大学で9月28日(木)から10月1日(日)まで開催されました。カナダ側は、JSAC会長のティエッセン・トロント都市大学准教授以下、フィリップ・リプシー・トロント大学教授デビット・ウェルチ・ウォータールー大学教授等々。日本側からは、田所昌幸・慶應大学名誉教授鈴木一人・東京大学教授福島安紀子・東京財団研究員らが参加されました。日本の政治・外交・安全保障・文学・科学に関し、各有識者が研究成果を発表しました。

私は、総会初日の開会式と基調講演に出席し挨拶する機会を頂戴しました。1833年の日本人漁師の現ブリティッシュ・コロンビア州漂着以来の日加間の歴史に触れつつ、現下の厳しい国際情勢下で重要性を増す日加関係におけるJSACの役割への期待を述べました。

基調講演は、李承赫・東北学院大学准教授による「Japan’s Relations with North Korea and Its Implications on Japanese National Security」でした。極めて示唆に富む内容で、質疑応答も非常に活発でした。2日目以降も、極めて質の高い議論だったと伺いました。

JSAC

写真ご提供: 在カナダ日本大使館

日本関係諸団体幹部との会合

渡部総領事主催の夕食会には、カルガリー日本文化協会レスブリッジ日加友好庭園協会エドモントン日本文化協会アルバータ大学・高円宮日本センターの幹部の方々が招かれました。エドモントンからは片道約3時間の遠路を来て頂きました。

実感したのは、各々のローカル・コミュニティーで日本との強固な関係が築かれていることです。総領事館への在留届ベースでは、アルバータ州の在留邦人は約7,430人、国勢調査ではアルバータ州には、日系カナダ人約1万8,000人です。加えて、一般のカナダ人の日本文化、日本食、日本語への関心も高まっています。エドモントン日本文化協会は、日本人、日系人に限らず、幅広く日本への関心のある人々をメンバーに迎えて入れています。カルガリー日本文化協会は、新しい協会施設の建設に向けてデザインを公表し募金活動を強化。レスブリッジ日加友好庭園協会は、カナダでも有数の規模の日本庭園を管理し、様々なイベントに関わり、大きな存在感があります。更に、アルバータ大学・高円宮日本センターは、人文科学を超えて、ハイテク分野も視野に入れた交流を目指しています。

激動の国際情勢で、日加関係の重要性が増す中、グラスルーツでの日加関係の着実な深化は大きな外交的財産です。

日系関係諸団体幹部との会合

写真ご提供: 在カナダ日本大使館

結語

早いもので、出張から1ヶ月余が経ちました。1日は常に24時間ですが、心象風景的は毎日が違います。濃い日も薄い日も重い日も軽い日もあります。今般のカルガリー・サスカトゥーン出張は、極めて充実した濃厚な時間でした。過密な日程で移動距離も長大でした。実は、疲労困憊し体調不良になりました。新型コロナ検査は陰性でしたが、オタワ着任後、初めて2日間ほど伏せってました。健康第一だと常日頃言っておりますが、改めて健康管理の大切さを認識しました。

次回は、日加ビジネスの最前線を紹介したいと思います。

(了)

文中のリンクは日加協会においてはったものです。