オタワ便り第40回 2025年8月 カナダの誇りと未来〜スタンピード

山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、日加関係を応援頂いている皆様、こんにちは。

はじめに

7月は、オタワに限らず、カナダの最も美しい季節だと思います。北の大地が自然の恵みを受けて、陽光と緑に輝いています。日本の27倍の広大な国土を持つカナダですから、一言で夏と云っても、地域によって随分と異なります。理解を深めるためにも、機会があれば出来るだけ各地を訪れて見聞を深めたいと考えています。

そんな中、7月には極めて印象的な出張がありました。『カルガリー・スタンピード』です。日本では未だ認知度は高くないと思いますが、その感動は、言葉を遥かに超えるものがあります。が、写真も交えてながら、是非とも皆様と共有させて頂きたいと思います。

The Greatest Outdoor Show on Earth(地上最大の野外ショー)

実は、私は長い間、スタンピードは米国西部のカウボーイ文化だと思っておりました。映画「明日に向かって撃て」に描かれたポール・ニューマンとロバート・レッドフォードのアウトロー2人組が馬に跨り荒野を駆ける場面が象徴的です。もう一つ、アメリカン・ロックの雄ドゥービー・ブラザーズ中期の名盤のタイトルが正に「スタンピード」でした。音盤ジャケットにはメンバーがカウボーイ姿で馬を駆ける写真。素晴らしいバンド・サウンドもアメリカンでした。

そんな無知な自分が初めてカナダのスタンピードを知ったのは、2022年に初めてカルガリーに出張した時でした。その時にお目にかかったカルガリーの方々は、熱く日本との経済関係を語ると同時に、次に来訪する時は是非ともスタンピードに合わせてくるように強く勧められました。その後も、何度もアルバータ州には出張しました。公式訪問も行い、州総督、州議会議長、州首相との会談もしました。高円宮日本研究教育センター20周年にも伺いました。

そして今回、遂にスタンピードに合わせて出張出来ました。正に、百聞は一見に如かず、です。カナダの歴史・伝統・文化・社会が凝縮していると実感しました。目から鱗です。カルガリー・スタンピードは、地元では「The Greatest Outdoor Show on Earth(地上最大の野外ショー)」と銘打たれています。日頃は謙虚で控えめなカナダ人が、自ら「地上最大」と謳うのです。

スティーヴン・ハーバー元首相主催『スタンピード・ダイアローグ』

写真出典: 在カナダ日本大使館

創世記

まず、スタンピードの歴史を紐解いてみましょう。

現在のカルガリー・スタンピードに直接繋がるイベントは、1886年に開催された農業博覧会(Calgary Agriculture Fair)です。

この背景を簡単に触れます。カルガリー等のアルバータ地域は、1670年に英国王チャールズ2世が与えた特許によりハドソン湾会社が統治権を持つ「ルパート・ランド」の一部でした。1867年の自治領カナダ成立によるカナダ建国の段階でも、未だカナダには属していませんでした。が、1869年にハドソン湾会社が「ルパート・ランド」を英国王室を通じてカナダに譲渡します。そして、1870年にカルガリーに自治領カナダのノースウエスト準州に組み込まれることになりました。

この地域にとって大きな転機は、1883年にカナダ太平洋鉄道がカルガリーに到達したことです。鉄道交通の要衝の地です。以来、西部移民が急増すると同時に、農業と牧畜を中心として経済が発展していきます。その過程で、農業振興を企図して農業博覧会が開始された訳です。小麦と牧畜を中心に農業が発展し、人口も着実に増加し、カルガリーを中心とする地域は、1905年、アルバータ州としてカナダの一州に編入されます。以後、着実に発展していきます。

そして、1912年9月2日〜7日、初めてのカルガリー・スタンピードが開催されます。これは完全な民間主導のイベントで主催したのはアメリカ人ロデオマン、ガイ・ウィードックという人物です。基本的構想は、本格的なロデオ競技を中心に西部開拓文化を祝祭するものです。この構想を支持した当時ビッグ・フォーと呼ばれていた地元の大牧場主が財政面・運営面でサポートしました。州政府も、「開拓者精神」「西部文化」「豊かな牧畜・農業資源」を内外の発信する好機として歓迎しました。実際、スタンピードに合わせて、鉄道会社が観光列車を増便して、州外からの移民と投資を呼び込む役割も果たしました。

スタンピードの加速と進化

上述のとおり初のスタンピードは、大成功と言えるものでした。しかし、この段階では単発のイベントでした。

そして、1923年7月、現在のカルガリー・スタンピードに直結するスタンピードが開催されます。大きな転換点で、3つの点で大きく進化しました。

まず、この年以降、スタンピードは毎年夏に開催される恒例の行事となりました。

次に、スタンピードが農業展示、家畜展示、産業技術の紹介を含む「産業博覧会」と統合されました。都市と農村、西部文化と近代産業の橋渡しという総合イベントとなりました。

そして、チャックワゴン・レースが導入されました。チャクワゴンとは、西部開拓時代に人々に食糧はじめ必要物資を運搬するための車両のことで、複数の馬が牽引しました。いわば幌馬車、或いは映画「ベンハー」のチャリオット競争のようなイメージです。非常に荒っぽく、たくましい西部開拓時代を彷彿させるのです。以来、カルガリー・スタンピードのハイライトです。メイン・スタジアムには数万人の観客が詰めかけます。

カルガリー・スタンピード2025

そこで、今年のスタンピードです。7月4日(金)から13日(日)までの10日間、街中がこの10日間に全てを投入するかのような盛り上がりを見せます。

まず、初日の7月4日(金)は、午前7時45分からプレリュードが始まり、メイン・パレードは午前9時開始。カナディアン・カントリー・ミュージック界のスーパースター、シャナイア・トゥエインが白い馬に乗って全体を先導します。騎馬隊、RCMP(ロイヤル・カナディアン・マウント警察)、先住民パフォーマンス、150台以上のフロートが続きます。多文化主義のカナダですから、日本のヨサコイやインド・コミュニティーも参加しました。地元紙によると沿道で33万人以上が観たといいます。

オタワ空港の待合室のテレビではCBCニュースのトップで、このパレードの模様が報じられていました。連日、トランプ大統領の関税発言等がニュースを独占する中、カナダの自由で多様で開放的なアイデンティティーを明快に示しました。

今やカルガリー・スタンピードは文化・観光・経済更に政治が交差する複合イベントです。

そして、人の集まる所には、必ず政治家が参集します。となれば、ビジネスリーダーも地元コミュニティー関係者も集まります。民主社会においては、人々との対話こそ政治・経済・文化の根幹となるのですから。 となれば、外交官としては、カナダの多様な面を代表する政治家、ビジネスリーダー、有識者、地元コミュニティー関係者とのコミュニケーションを深める絶好の機会でもある訳です。私、政務班の田中公使と谷山書記官、経済班の内波書記官の4名からなる日本大使館チームは7月4日夕刻のフライトでカルガリー入りしました。勿論、地元の倭島カルガリー総領事以下の総領事館チームは、全館体制でスタンピード対応です。

ここで一点付言します。服装です。カナダの友人から助言されました。スタンピードに行くのであれば、それに相応しい格好をしなければならない、そうでなければ失礼である、と。そこで、我々は、カウボーイ・ハット、カウボーイ・ブーツ、ジーンズ、バックル、カウボーイ・シャツ、バンダナを着用したのであります。

パンケーキ・ブレックファスト

カルガリー到着後、日本大使館チームは二手に分かれて、各種パンケーキ・ブレックファストに参加しました。

ここで、簡単にカルガリー・スタンピード名物のパンケーキ・ブレックファスト略史です。遡れば、1923年スタンピードでの出来事です。ジャック・モートンという地元のカウボーイが街中で観光客に対して、馬車の荷台で焼いたパンケーキを無料で配ったのです。モートンは、カルガリーの外から来訪する観光客に本物の「西部のおもてなし(western hospitality)」を示したかったと言います。これが一気に観光客のみならず地元カルガリー市民の心をもつかみ、スタンピードの重要な一部として定着していきます。1950年代になると、商工会、教会、ロータリークラブ、政治家等が主催するようになりました。現在では、市内の50ヵ所以上で開催されています。

政務班の2人は、政治家主催のパンケーキ・ブレックファストを巡りました。与党自由党主催の朝食会にはカーニー首相も来訪。パンケーキを焼く途中で宙高く上げてひっくり返して喝采を浴びていたそうです。他にも3名の閣僚が来訪して彩りを与えていたようです。とは言え、アルバータ州は保守党の強固な地盤です。数的には保守党主催の朝食会の動員数は圧倒的だったようです。大変な賑わいであったと報告を受けました。

一方、私は内波書記官、倭島総領事と共に、地元の日系カナダ人協会が主催するパンケーキ・ブレックファストに参加しました。定刻より前に会場に到着したのですが、既に多数の来訪者で溢れていて、パンケーキのテントを目指して長蛇の列です。開会式では、カルガリー・スタンピードのロゴがプリントされた公式の白いカーボーイハットをマツモト会長から頂戴しました。名誉カルガリー市民にして頂きました。早速、私もパンケーキに挑戦させて頂きました。大きな鉄板の上で1回に10枚のパンケーキを焼くのです。我儘を聞いて頂き、10回焼きました。合計で100枚のパンケーキを焼きました。見た目が綺麗な丸になっていないものもありましたが、皆さんに喜んで頂けました。

「パンケーキ・ブレックファースト」

写真出典: 在カナダ日本大使館

そして、パンケーキ・ブレックファストの妙味は、パンケーキやベーコン、ハムだけではなく、様々なパフォーマンスを堪能出来ることです。地元の文化団体のパフォーマンスは日本文化のエッセンスを紹介していきます。空手、歌、和太鼓、日本舞踊、そして「よさこい」と続きました。多数の来訪者がパンケーキを頬張りながら、大喝采をあげている様子が極めて印象的でした。

ここで、「よさこい」のリーダーから、2025年9月27~28日、北米で初めてとなる「北米国際よさこい祭り」がアルバータ州レスブリッジの日本庭園に世界各国のよさこいダンス・チームに参集して開催される予定である旨が表明されました。準備に2年間をかけて、日本の現代文化をカナダはアルバータ州から北米更には世界に発信しようという大きな志を応援したいと思います。

「よさこいチーム(倭島総領事と共に)」

写真出典: 在カナダ日本大使館

スミス州首相とハーパー元首相

さて、カルガリー・スタンピードは、文化・産業・観光から政治まで包含するカナダの今を体現するイベントですから、ダニエル・スミス州首相もスタンピードに貼り付きです。そこで、スミス州首相との面談を要請しました。スタンピードの10日間で80件以上の予定が入っている超過密スケジュールの中、州首相は時間を割いてくれました。6月には訪日しており、日本との関係を非常に重視されています。面談では、天然ガス、アンモニア、水素、更にはSMRまでエネルギーに関連するアルバータ州と日本とのビジネス関係強化について盛り上がりました。更に、文化交流についても話が及びましたから、上述の北米初の「よさこい国際祭り」への来賓挨拶をお願いしました。

「ダニエラ・スミス首相との面談」

写真出典: 在カナダ日本大使館

更に、カルガリーが地元のハーパー元首相が主催する「スタンピード・ダイアローグ」という討論イベントにも招待頂きました。現在の厳しい地政学的状況の下での経済安全保障、エネルギー安全保障について、ハーパー元首相と対談しました。日加間のLNG貿易、TPPの今後、中国情勢等についても率直な意見交換が出来ました。聴衆の方からも好評でした。

ロデオ

文化、ビジネスから政治まで包括的なイベントとは云え、誤解を恐れずに言えば、スタンピードの花形はロデオです。スタンピードの核はロデオです。その求心力があって、パンケーキも産業も観光も政治集会も発展して来たと言えるでしょう。

そこで、ロデオです。実は、ロデオと一言で言っても主要な競技は8種目にのぼります。圧倒的な迫力があるのは、ブル・ライディング。荒れ狂う牛に8秒間乗るものです。ベアバック・ブロンコ・ライディングも凄いです。鞍を付けずに野生馬に8秒間乗るのです。4人のジャッジが牛や馬の荒れ具合とライダーの技量を評価します。また、ステア・レスリングは、ライダーが馬に乗って牛を追い、牛の角を掴んで地面に押さえ込みロープで縛って捕獲する競技です。チャンピオンともなれば僅か数秒でやってのけます。更に、上述のチャックワゴン・レースもロデオ会場で催される各種競技のハイライトです。

そんなロデオですが、北米ではプロ・リーグがあって、1年を通じて北米を転戦するのですが、カルガリー・スタンピードはその規模と賞金総額の頂点にあります。プロ・ライダーはアメリカ人、特にテキサス州出身者が目立ちます。勿論、カナダ出身のプロ・ライダーも大活躍です。

もう一点、現在の緊張している加米関係について、ほぼ全てのカナダ人は極めて愛国的です。ですが、米国からのプロ・ライダーに対するブーイングとかは一切ありませんでした。カウボーイの度胸と技量に惜しみ無い歓声と拍手が送られていました。何事につけ頼れるのは個人だという古き良き北米大陸の西部開拓スピリッツは今も健在なのだと思います。

結語

世界中のどの街にも、地元が誇る祭りがあります。ヴェネツィアの仮面舞踏会、リオのカーニバル、ニューオリンズのマルディグラ等々です。遠からず、カルガリー・スタンピードは、北米が誇るカウボーイ文化を軸にした夏の風物詩として一層の注目を集めていくと思います。

今年は、カルガリー外から150万人の観光客が来訪したそうです。昨年が125万人の最高記録でしたが、今年は軽くこれまでの最高記録を塗り替えた訳です。伸びゆくカルガリー、アルバータ州、更にはカナダの溢れる元気を象徴していると実感しました。

(了)

文中のリンクは日加協会においてはったものです。

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