Column: オタワ便り NO.42 (2025年10月)
「JAMSNET」
山野内在カナダ大使
日加協会の皆様、日加関係を応援頂いている皆様、こんにちは。
はじめに
オタワの9月は、晩夏から秋の訪れを感じたかと思うと、瞬く間に秋が深まりました。日に日に紅葉も進み、道は落ち葉でいっぱいです。そんな中、先日はまるでカナダの国旗のような楓の葉を見つけました。皆様と共有させて頂きます。実は、この写真は日課のウォーキングの途中で撮ったものです。
全く私事で恐縮ですが、今ではウォーキングしないと何かがか欠落したように感じるほど大好きで、月曜日から金曜日は毎日5〜7km、週末は2日で20〜30km歩いています。その発端は、長年世話になっている医者の友人が人間ドックの結果を診て、定期的な運動の継続を強く勧めたことです。最初は、健康のためと思い嫌々始めました。しかし、程なく好きになり、健康のためというよりは、ウォーキングが大好きだから歩くようになってきたのです。ウォーキングしていると、心身ともにリフレッシュしますし、季節の移り変わりも実感します。同じ場所でも車で通ると見えない素晴らしい風景を発見します。
長くなりましたが、要するに健康第一。健康こそが全ての鍵であると申し上げたいのです。
プッチーニの歌劇「ラ・ボエム」も、主人公ミミは結核に侵されている設定で青春群像が描かれていますが、背景には健康があるのです。
と云う訳で、今回の「オタワ便り」は、特に海外に住み身にとって極めて切実な健康問題について支援している医療関係者のネットワークであるJAMSNETについてです。
JAMSNETとは?
JAMSNET は、ジャムズネットと発音します。「邦人医療支援ネットワーク」の英語表記「Japanese Medical Support Network」の頭文字をとったものです。最初は、2006年にニューヨークで設立されました。その経緯については、当時ニューヨーク総領事館の医務官を務めておられた仲本光一氏(現在は盛岡市保健所長)が次のように述べておられます。
「ニューヨークとその周辺の医療系邦人支援グループ同士の情報交換、相互連携、コミュニティー貢献活動を目的として設立されたJAMSNETは、「9.11」で邦人がマイノリティーであることを実感させられた経験からその必要性を感じた医師らのアイデアから始まった。」
JAMSNETのネットワークは、現在、米国、カナダ、ドイツ、スイス、豪州メルボルン、そして日本と世界6つの地域に広がっています。このネットワークは、海外に住む邦人コミュニティーへの大きな支援です。医療のプロの情報を一般の方に繋ぐと同時に、海外の在留邦人や渡航者の悩みをプロに繋ぐ役割を担っています。
そこで、JAMSNETカナダです。
時は、2012年12月に遡ります。当時の在カナダ日本大使館の仲本医務官が、ニューヨークでの経験を基に、カナダでもJAMSNETを設立すべく準備を開始しました。翌2013年には、同医務官がカナダのモントリオール、トロント、カルガリーそしてバンクーバーの各総領事館を4半期に1度の巡回検診をする際に、各地で活動されている邦人の医療従事者の方々との面談を重ねていきます。仲本医務官からはJAMSNETの意義を、各地の医療従事者の方々からは邦人コミュニティーの実情等を説明します。意見交換を通じて、相互に理解が深まり、ネットワーク設立の機運が盛り上がります。大使館の医務班が事務局となって、具体的なネットワークづくりが本格化します。
『2014年JAMSNETカナダ設立総会における仲本医務官』
写真出典: 在トロント日本国総領事館
設立総会
2014年1月22日(水)、トロント総領事館の多目的ホールにおいて、JAMSNETカナダの設立総会が開催されます。
まず、山本栄二トロント総領事が冒頭の挨拶をされ、邦人医療支援への期待を述べられました。
次いで、JAMSNETニューヨーク代表の本間俊一コロンビア大学教授から来賓挨拶を頂きました (悪天候でフライトが欠航したため電話参加)。その中で、本間教授から、JAMSNETには、①邦人援護のためのネットワーク、②各大使館・総領事館と協力した緊急時のネットワーク、③他のグループとの協力・協働活動という3つの目的がある旨指摘し、その役割の大切さを訴えられました。
そして、傳法清JSS (Japanese Social Service)副会長が代表に指名されました。また、事務局を日本大使館医務班に置くことも承認されました。傳法会長は、JAMSNETカナダがスタートラインに立ったばかりだが、在留邦人支援に最大限尽力したい旨決意を表明しました。 そして、傳法清JSS(Japanese Social Service)副会長が代表に指名されました。また、事務局を日本大使館医務班に置くことも承認されました。傳法会長は、JAMSNETカナダがスタートラインに立ったばかりだが、在留邦人支援に最大限尽力したい旨決意を表明しました。
『2014年JAMSNETカナダ設立総会における傳法代表』
写真出典: 在トロント日本国総領事館
仲本医務官の司会・進行により議事が進みます。仲本医務官から設立に至る経緯等について説明。 傳法会長からは、「国際結婚アンケート」及び「認知症キャラバン」という2つの事案について報告されました。
また、安福和弘トロント・ジェネラル病院呼吸器外科医師により「最先端医療と科学技術、内視鏡、バーチャルリアリティ、そしてロボットが可能にする肺癌に対する超低侵襲手術」と題する記念講演をして頂きました。
更に、質疑応答も行われました。
総会後は、トロント総領事公邸にて総会参加者を含む医療関係者との交流会が行われました。カナダ在留邦人支援のためにどのような協力ができるか等について非常に活発な意見交換が行われました。
ここに、医療、教育、社会サービスの専門家で構成され、カナダ在住の日本人及び日系カナダ人コミュニティを支援するために、必要不可欠な医療及び教育関連のリソースを提供することを使命とするJAMSNETカナダが始動したのです。
JAMSNETカナダの発展
JAMSNETカナダは、2014年1月の設立総会以降、着実に発展していきます。
2015年5月には、オタワの日本大使館で第2回総会が行われました。 本間俊一JAMSNETニューヨーク代表が基調講演されました。 JAMSNET発祥の地ニューヨークから来て参加頂いたことは発足2年目のJAMSNETカナダにとっては極めて意義深いことでした。
更にその後、一般公開で、ヘンリー柴田マギル大学名誉教授が特別講演を行いました。
ヘンリー柴田教授は、日系カナダ人2世で第2次世界大戦中の強制収容経験者で、後に広島医科大学を卒業し、原爆症の研究等を極めてマギル大学医学部教授等を歴任。旭日双光賞を叙勲された日系社会が誇る医学者です。「Landscapes of Home」というドキュメンタリー映画も制作されています。 いずれ、「オタワ便り」で書かせて頂きたいと思いますが、そのヘンリー柴田氏がJAMSNETカナダの名誉会長に就任されました。これは、JAMSNETカナダにとっては大きな推進力になりました。
2017年7月には、非営利法人・慈善事業団体としてカナダ連邦政府から認可されます。時の登録メンバーは約40人でしたが、2025年8月現在107名へと拡大しています。同時に、活動内容も拡充してきています。
そこで、JAMSNETカナダの活動の深化を示す2つのプロジェクトを紹介したいと思います。 「認知症特別基金プロジェクト」と「遠距離介護ハンドブック」です。
認知症特別基金プロジェクト
「認知症特別基金プロジェクト」は、JAMSNETカナダが、カナダ公衆衛生局からの公的なスポンサーシップを受けて実施しました。その概要は次のとおりです。
まず、カナダ連邦政府は、カナダ社会における認知症に関連した問題に対して包括的に対処していくために2019年6月に国家認知症戦略「A Dementia Strategy for Canada: Together We Aspire」を公表しました。この戦略に掲げられた予防、治療研究、ケアの向上を地域レベルや市民レベルで実現するために、連邦政府が設けた資金プログラムがカナダ公衆衛生局が所掌する「認知症戦略基金(Dementia Strategic Fund, DSF)」です。2024年時点でDSFを通じて23件のプロジェクトに総額960万加ドルが支給されています。JAMSNETカナダのプロジェクトもその一つという訳です。
JAMSNETカナダのプロジェクトでは、①認知症の予防、②認知症に関する偏見の軽減、③認知症の方たちとの共存生活の促進(認知症フレンドリーコミュニティー)を目指して、カナダ各地の日系パートナー団体と連携して、認知症サポーター・ワークショップが開催されました。ワークショップは実際に対面で行うものとオンラインで行うものを併用しました。特筆すべきは、それまではワークショップ等が行われたことのない小さな町にも傳法代表率いるチームが赴いて認知症サポーター・ワークショップを行ったことです。 太平洋岸から大西洋岸まで各地を移動した訳ですが、総移動距離は、約5万2000kmで地球一周に相当します。「数字は嘘をつかない」と言ったのはディズレイリー英国首相ですが、この数字は2つの事を雄弁に語ります。一つはカナダの国土の巨大さです。もう一つは、JAMSNETカナダの認知症チームの使命感と情熱と実行力です。本当に頭が下がります。
勿論、認知症サポート・ワークショップの実施それ自体に大きな意味がある訳ですが、その際に行われたアンケート調査によってワークショップが如何に効果的であったが分かります。一つだけ数字を上げると、参加者の92%の方が認知症への偏見が軽減され、認知症の早期発見のため自分自身のために医療従事者に相談しようと思う旨と回答されているのです。
『認知症サポーター・ワークショップについて説明するJAMSNETカナダ関係者』
出典:JAMSNETカナダ
もう一つ、ワークショップ開催の大きな成果があります。それは、JAMSNETカナダと協力した日系パートナー団体、それと日系コミュニティーの協力関係が築かれたことです。広大な国土に点在する各地の日系コミュニティーや団体の相互の連携が深まることは、認知症サポート・ワークショップに留まらず、将来の様々な取り組みが一層効果を発揮することに繋がります。
そして、認知症サポート・ワークショップを含む「認知症特別基金プロジェクト」が2024年3月31日をもって成功裡に終了した訳ですが、このプロジェクトは次に記する「遠距離介護ハンドブック」へと繋がっていきます。
遠距離介護ハンドブック
まず、このハンドブック出版の背景です。2つの側面があります。
まず、カナダでは、1967年の建国100周年の頃から、移民に関する制度が改革されていきました。その結果、カナダへの技術系移民が増えました。その中には勿論、日本からの移民も含まれています。現在では、その頃移民された方々が高齢化して来たことで、 日本語を母国語とする高齢者のコミュニティ・サービスの必要性が高まっています。
もう1つは、日本で生活されている親族の高齢化が進んでいることです。カナダ在住の日本人或いは日系カナダ人が遠距離で介護する必要性も高まっています。
そこで、日本の親族への遠距離介護とカナダの日系コミュニティーの高齢化問題へ焦点を当てて4回に亘る勉強会が行われました。日本とカナダの医療保険と介護保険の最新の状況を包括的に把握することができた訳です。その結果、2025年3月末には、全96ページのガイドブックが完成しました。このような形で極めて実践的に編まれた初めてのものです。
『遠距離介護ハンドブック』 出典:JAMSNETカナダ
2025年総会
2014年の設立以来、JAMSNETカナダは毎年総会を開いて来ました。新型コロナ感染爆発の時期には、オンラインで開催されました。新型コロナのような難しい時期であればあるほど、医療従事者のネットワークが必要とされる訳ですから、大変な中でその存在意義が改めて得心されたと思います。
2025年の総会は、カナダ東部時間の8月24日(日)正午からオンラインで開催されました。60名を超えるメンバーが参加し、大変に活発な議論が行われました。オンラインの最大の利点は、地理的な距離を克服できることにありますが、JAMSNETの生みの親の1人仲本先生は岩手県盛岡から参加されました。日本時間では午前3時に至る会議への出席には感銘を受けました。更に、ニューヨークからはJAMSNET米国代表の本間教授も参加。私もお招きを頂き、挨拶をさせて頂きました。
『2025年JAMSNETカナダ総会の模様』
写真出典:JAMSNETカナダ
非常にキメ細く準備された議題案に従って議事が進みました。非常に緻密な会計報告はJAMSNETカナダの説明責任の質の高さを示すものだと思いました。また、広報委員会からの詳細な報告では、SNS発信の強化、大使館・総領事館との連携の強化等にも言及されました。更に、バンクーバー・BC地域、トロント・南オンタリオ地域という拠点における活動報告の際には、看護師キャリア・セミナーについて説明がありました。
総会最後の動議で、2026年度のJAMSNETワールド会議をカナダに招致するために、実行委員会を結成し準備を始めることが決まりました。この件について、私からは、詳細は今後の検討に委ねられる訳だが、首都オタワでの開催の可能性も含め、大使館・総領事館として全面的に協力したい旨付言させて頂きました。
『2024年JAMSNET ワールド会議(東京)参加者』
写真出典:JAMSNET 日本
『2024年JAMSNET ワールド会議(東京)の模様』
写真出典:JAMSNET日本
結語
最後に、外交当局からみたJAMSNETカナダの意義について記します。御承知のとおり、大使館・総領事館の最重要任務の一つが在留邦人の保護と日系コミュニティの支援です。日本の27倍という世界第2位の国土面積を誇るカナダですが、届け出ベースで約7万人の在留邦人と7万人の日系カナダ人合わせて約14万人がその広大な国土に暮らしています。オタワの大使館とモントリオール、トロント、カルガリー、バンクーバーの4つの総領事館で精一杯対応しています。
その上で率直に言えば、どこまできめ細く出来ているかと言えば、地理的な広大さに加えて、人員や予算の面で制約があるのも現実です。そんな状況で、カナダ各地に広がるJAMSNETカナダのネットワークは、邦人・日系人の援護のみならず、日系コミュニティを結びつけて絆を深くすることに大きく貢献しています。
今後、大使館・総領事館としては、JAMSNETカナダとの連携を一層強化して在留邦人及び日系人のコミュニティをより効果的にサポートしていきたいと思っています。
(了)
文中のリンクは日加協会においてはったものです。