山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、日本とカナダの関係発展を願っていらっしゃる皆様、こんにちは。

4月の声を聞いて、オタワにも遅い春がようやく訪れて来た事が実感する日々です。公邸の庭の桜は未だ未だ蕾のままですが、遠からず満開の桜を愛でる日を楽しみに待っております。

さて、首都オタワにおいては、内政から外交まで日々様々なイシューが話題に上り、比較的短期間のうちに別のイシューへと関心が移っていく訳です。最近では中国によるカナダ国政選挙への干渉問題やバイデン大統領のカナダ訪問に注目が集まっています。が、昨年以来、政治・政策関係者が継続して強い関心を示しているイシューがあります。北極政策です。安全保障、ビジネス、環境保全など多岐に渡る論点があり、米加首脳会談でも取り上げられました。

そこで、今回の「オタワ便り」は、北極についてです。

カナダ北極圏の都市、ヌナブト準州 イカルイット近郊

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

北極を巡る状況

北極圏とは、北緯66度33分以北の地域です。北極圏には8カ国が領土を有しています。ノルウェー、デンマーク(グリーンランド)、スウェーデン、カナダ、米国、フィンランド、アイスランド、ロシアです。

北極圏 / Arctic Circle

Wikipedia

北極においては地球温暖化に伴う急速な環境変化が顕著です。北極域では、二酸化炭素濃度の高低に応じる気温変化が世界平均に比べて大きくなる極域気温増幅効果があるからです。地球温暖化で北極海の氷が溶け出して海洋の面積が広がり、海水温が上昇し、それが更に氷融解を加速させています。永久凍土や氷床・氷河の融解も進んでいます。その結果、国際社会は機会を得ると同時に課題にも直面しています。要するに、北極は力と競争と協力の場であり、21世紀のスエズ運河・パナマ運河になり得るという事です。

機会としては、北極海航路の利活用が可能になります。独ハンブルクから横浜まで、地中海、スエズ運河、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海経由の「南回り」航路だと約2万1千kmですが、北極海航路だと約1万3千kmと約6割に短縮されます。また、これまで氷で閉ざされていた天然資源の開発も可能になります。

課題としては、地球温暖化が一層加速する事による、生態系の破壊や先住民の生活への直接的影響があります。また、各国の北極を巡る活動が活発化し、安全保障環境も激変しています。

北極海航路 / Arctic Ocean Map

US CIA "The World Factbook"

カナダから見た北極

カナダ政府は、2019年に「北極・北方政策枠組み」を発表しました。この枠組みは、ニューファウンドランド・ラブラドール、ケベック、マニトバの3州、ユーコン、北西、ヌナブトの3準州、更に先住民団体の代表との協議を踏まえて策定されました。地元住民と地域社会の強化、インフラ開発、持続的経済開発、環境保護、国防、先住民との和解等の8つの目的を掲げています。一方、準州側からは、連邦政府の取り組みは率直に言って不十分との声もありますが、今、カナダは北極圏の社会・経済開発の促進に真剣に取り組んでいます。

「北極・北方政策枠組み」の州・準州

更に、地政学的な観点から端的に言えば、ロシアや中国が北極の秩序に挑戦している現状が明らかになっています。中国とロシアの艦船が一緒にアラスカ沖を航行しているのも確認されています。従来、カナダは国土防衛という観点では極めて安全な国でした。南の国境は、同盟国米国。東と西はそれぞれ大西洋と太平洋。北は、アラスカと北極でした。陸で接している国は米国だけです。ところが、北極海の厚い氷で守られていたロシアとの国境を巡る状況が一変しています。米加間ではNORAD(北米航空宇宙防衛司令部)の近代化に取り組んでおり、北極域も念頭に施設整備を加速しています。また、カナダが北極海で運用出来る高性能の潜水艦を調達することが必要だとの議論も本格化しつつあります。

北極専門シンクタンク〜Arctic360

カナダでは、2017年に、北極問題に特化したArctic360というシンクタンクが設立されています。非営利で超党派の組織で、先住民の代表も理事会メンバーに入っています。トロントに本部を置きつつ、ヌナブト準州イカルイットにも事務所を構えています。代表は、ジェシカ・シェディアン博士。20年余にわたり欧州側と北米側の北極に在住し、学術研究とコンサルティングを行なってきた北極の専門家で、本シンクタンクを立ち上げた傑女です。

(写真ご提供:山野内駐カナダ大使)

Arctic360は毎年、年次会合を開催していますが、今年は2月21〜23日、トロントで開催しました。そのパネル・ディスカッションへの参加要請を受け、パネリストとして出席しました。私からは、北極に関しては、①安全保障、②ビジネス、③環境保護、④国際協力、⑤先住民という5つの論点がある事を述べた上で、それぞれについての日本の取り組みを説明しました。更に、3月には「第7回国際北極研究シンポジウム」と「北極サークル・ジャパン・フォーラム」という2つの大規模な国際会議が相次いで東京で行われる旨を表明しつつ、特に「北極サークル・ジャパン・フォーラム」にはカナダから「イヌイット北極圏評議会」が参加して、各国の先住民との対話のセッションが予定されている点を言及しました。北極の関係では、安全保障、ビジネス、環境保護、国際協力の全てにおいて、先住民の理解と支持がなければ、何事も進まないからです。日本とカナダの協力の発展についても述べました。そして、北極については、北極沿岸国だけではなく、国際社会として適切に対応していくことが不可欠である点を強調しました。

北極評議会

次に、北極に関する国際的取り組みという観点からは、北極評議会(AC: Arctic Council)に触れたいと思います。

北極評議会は、1996年9月19日、北極評議会の設立に関するオタワ宣言に基づき、北極圏の8カ国によって設立されました。議長国は輪番制で、事務局はノルウェー北部のトロムソに置かれています。北極評議会が北極圏8ヶ国中心に運営されるのは、一面では当然とも言えますが、北極が現下の国際情勢に深く関連している事から、現在はオブザーバーとして、13ヶ国(注)、13国際機関、そして12NGOが会合に参加しています。更に、北極圏には先住民を含め4百万人が暮らしている事から、イヌイット極域評議会はじめ先住民関係6団体も参加しています。(注: 仏、独、西、蘭、ポーランド、英、日本、中、印、伊、星、韓、スイス)

北極評議会の目的は「北極における持続可能な開発、環境保護といった共通の課題についての協力等の促進」です。従来は、2年に一度、閣僚レベルの会合を行っていました。オタワ宣言によれば、北極評議会では軍事・安全保障に関連する事項は扱わないとそされています。その上で、ロシアのウクライナ侵略を受け、2022年3月、ロシア以外のメンバー7ヶ国が北極評議会の会合への不参加を表明しました。これに対し、2021年5月から2年の任期で議長国を勤めているロシアは、北極評議会の活動休止を決定しました。環境保護等の国際協力を旨とする北極評議会においても地政学的な現実が如実に反映しています。現在、ロシア以外のメンバー7ヶ国で、ロシアの議長任期終了後の本年6月以降、限定的な北極評議会再開の可能性について模索しています。

北極を巡る日加協力

現在、日本とカナダの間では、昨年10月に発表された「自由で開かれたインド太平洋に資するアクション・プラン」に基づき優先6分野での協力が進んでいます。その中で、北極圏における海洋秩序についても次のとおり言及されています。

日加双方は、UNCLOS、中央北極海無規制公海漁業防止協定、及び極海域で操業する船舶のための国際コードを含む国際法に合致した、北極海における海洋秩序の維持の重要性を確認した。この関連で、カナダ側は、日本による北極圏でのカナダ軍主催合同軍事演習「ナヌーク作戦」へのオブザーバー参加を歓迎した。また、双方は、特に気候変動に関する科学的協力の推進における相互の関心と、先住民の権利と知識に配慮し、尊重しながら地域を発展させるというコミットメントを確認した。

ヌナブト準州ケンブリッジ・ベイ

更に、日加間では、北極に関する共同研究が進んでいます。具体的には、カナダが保有する複数の砕氷船に日本人研究者も乗船しての共同研究。また、北極圏のヌナブト準州ケンブリッジ・ベイのCHARS(Canadian High Arctic Research Station)に日本人研究者が長期滞在しての研究。更に、北緯82度28分の人類が定住する最北端の集落であるヌナブト準州エルズミーア島アラートに所在する観測施設を利用して行われている上空のオーロラや電磁波の研究にも日本人研究者が参画しています。

ヌナブト準州エルズミーア島アラート

安全保障面でも、上述のとおり、海上自衛官2名が北極での軍事演習にオブザーバー参加しています。

北極圏に重要鉱物資源が埋蔵する事は確認されているので、インフラ整備、環境規制の緩和、地元先住民の理解と支持が得られれば、具体的ビジネスへと発展する可能性もあるとみられています。

結語

日本政府が最初に包括的な北極政策を公表したのは2015年10月。総合海洋政策本部の決定による「我が国の北極政策」です。これに基づき、日本は研究開発、国際協力、持続的利用の3つを重点分野として、取り組みを強化して来ました。具体的には、観測・研究・人材育成の推進、国際観測データ共有の推進、先住民との連携強化、北極海航路に関する情報収集、北極に関する国際ルール形成への貢献、水産資源の保存管理の国際的なルール作りへの積極的な参加等です。更に、観測の空白域を解消すべく日本初の北極域研究船の建造も進んでいて、2026年度に竣工予定です。そして、現在、この政策をアップデートする北極政策を含む新たな「海洋基本計画」の策定が佳境を迎えていて、本年5月にも閣議決定される見込みです。

日本として北極政策を着実に推進する上で、上述のとおり、カナダとの協力・連携が一層重要になっています。

Newfoundland & Labrador / ニューファンドランドド島・ラブラドール半島

Québec / ケベック州

Québec 姉妹都市

Manitoba / マニトバ州

Manitoba 姉妹都市

Yukon / ユーコン準州

Yukon 姉妹都市

Northwest Territories /ノースウエスト準州

Nunavut / ヌナブト準州

Ottawa / オタワ

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