山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、日加関係を応援して頂いている皆様、こんにちは。

7月の声を聞き、オタワの短い夏は、陽光溢れる青い空と白い雲と街の緑がオタワ川やリドー運河に反射してとても美しいです。一方、今年はカナダ各地の400ヵ所以上で発生している山火事がなかなか鎮まらず、大変な状況です。オタワにも、山火事の煙が流れ込んで来て、空がオレンジ色に染まり、微細粒子で汚染されて注意報が出る程です。


さて、今回の「オタワ便り」は、カナダ外務省主催の2023年北方3準州視察ツアー(2023 Northern Tour)についてです。日本の27倍の国土面積を持つカナダですが、その40%は、ユーコンノースウエストヌナブトの3つの準州に属しています。日本の約10倍の広大な北の大地で、人口は約12万人。相当部分が北緯66度33分以北の北極圏に当たる特異な場所です。行政的には3つの準州ですが、其々のコミュニティーに独自の歴史があり文化があり政治があり極めて多様です。そして、3準州はカナダという国家のあり方を如実に示しています。実際に行って、その空気を吸って匂いをかぎ、人々と会って話を聞いて、初めて理解が深まったと感じました。正に「百聞は一見に如かず」です。

カナダ外務省は、1970年代初頭から、オタワ在勤の各国大使・高等弁務官に対して北方視察ツアーを提供して来ています。直近では2017年に行われていますが、その後の新型コロナ感染爆発で行われていませんでした。

実は、昨年5月のオタワ赴任に先立ち、東京で先輩カナダ大使の方々にお目にかかり様々な御助言を頂いた際に、カナダ外務省主催の北方視察ツアーについても教えて頂きました。カナダの多様性を学べる絶好の機会だから是非とも参加すべきだと。そこで、着任以来、心待ちにしていた次第です。

プログラムの表紙

提供: カナダ外務省 儀典局

2023 Northern Tourの概要

6年ぶりの北方視察ツアーは、6月5日から10日間の日程で、参加者は私を含めて23人の大使・高等弁務官です(オーストリア、ベルギー、サイプラス、デンマーク、ドミニカ、EU、エルサルバドル、ハイチ、アイルランド、イスラム連盟(アガ・カーン)、インドネシア、イスラエル、ケニヤ、クエート、ナイジェリア、マリ、NZ、リトアニア、スペイン、スイス、サウジアラビア、ジンバブエ)。カナダ政府からは外務省、天然資源省、北方準州担当部局、RCMP(連邦騎馬警察)の関係者10人が同行。チャーター便を手配して、滅多に行けない北極圏の辺境の地を含め11箇所を視察しました。準州首相、市長、議会関係者、準州政府関係者、更に各地の先住民リーダー、研究者、或いは地元の博物館や文化センター関係者との面談がアレンジされました。極めて濃密な10日間でした。

旅程の地図

提供: カナダ外務省 儀典局

訪問先をプロットした地図を見て頂けると、地理的な広がりがイメージ出来ると思います。オタワ→イエローナイフホワイトホースイヌビクオールドクロウドーソンシティーウルクカトックケンブリッジ・ベイレゾリュート・ベイポンド・インレットイカルイット→オタワの総航続距離は1万2千641kmに及びます。

北方視察ツアーの目的は、カナダの多様性を学ぶという事に尽きます。が、更に踏み込めば、5つの論点があります。先住民、地球温暖化、ビジネス、地政学、そして国際協力です。実際に北極圏も含め現地に行くことで、座学だけでは得られない多くを学ぶ事が出来ました。特に、先住民に関しては、視察ツアーで時間を割いて多くの会合がアレンジされました。カナダ政府は先住民との和解に最善の努力を行っていますが、その姿勢が日程に如実に反映していたと思います。

先住民

先住民との文化交流:鼓を叩く山野内

写真ご提供: カナダ外務省 儀典局

カナダにおいて、先住民(indigenous people)は、1982年憲法第35条により、カナダに住むインディアン、イヌイット及びメイティ(メティス)であると規定されています。インディアンは、現在はファースト・ネーションズと呼ばれていますが、北米大陸に古来住んでいる人々で615部族に分かれています。イヌイットは、かつてエスキモーと呼ばれていましたが、極北地域を主な居住域とするイヌイット語を母語とする人々です。メイティは、16世紀以降の毛皮交易に関わったヨーロッパ人とファースト・ネーションズとの間に生まれた人々の子孫で、独自の文化を形成し、保持している人々です。

先住民との関係は決して一筋縄では行きません。其々の先住民グループには、其々の歴史や文化があり、カナダの多様性を集約しているとも言えます。1867年のカナダ建国の直後にカナダと協定を結んだ11の先住民グループは公認インディアンとなり、その他のグループは非公認とされた時代もあります。先祖伝来の土地の乱開発やレジデンス・スクール等による過度な同化政策もありました。カナダの歴史においては克服すべき過去もあります。現在、カナダは官民あげて先住民との和解に努力しています。

其々の先住民グループで、連邦政府や準州政府との距離間も千差万別です。伝統的な文化・生活・言語を守るべく努力されています。一方、雇用・教育・リクリエーションの機会が非常に限られている現実も大変に重いです。視察ツアーは、6月の夏至の時期でしたから白夜の季節で真夜中でも太陽が出て明るいのですが、冬は太陽が地平線の上に昇らない期間があり、一日中暗い訳です。依存症やメンタルヘルスが深刻な課題だとも聞きました。

レゾリュート・ベイにて

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

印象に残る会合が幾つもありましたが、今回のツアーで訪れた最北の地ヌナブト準州の北緯74度の高緯度のレゾリュート・ベイでの面談は特別でした。この地には、1953年サン=ローラン政権時のケベック州北部イヌイット族の強制移住(the Relocation)についての記念碑があります。率直に言えば、同化というより棄民と言うべきカナダ現代史の暗部を記したものです。6月でも、体感温度マイナス10℃で雪が降る中、記念碑の前で、強制移住時に3歳だったアリー・サリビニックレゾリュート副市長が、強制移住について淡々と概略を説明してくれました。「オタワで大学に行き、カナダ国内の色々な場所で仕事もしたけれど、ここが自分の故郷だ」と言い切った姿が忘れられません。

強制移住の記念碑

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

地球温暖化

融解する北極海(北西準州ウルクカトック上空(北緯70度から))

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

地球温暖化の影響が顕著に現れるのが極地です。二酸化炭素濃度の高低に応じた気温変化を見ても世界平均より大きく、極域気温増幅と呼ばれています。一連の訪問地で、温暖化の影響について、様々な話を聞き、また目の当たりにしました。

歪んだ高速道路

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

強烈な印象を受けた目のは、ノースウエスト準州の州都イエローナイフ近郊です。かつて高速道路だった道路のアスファルト舗装が砕け、ぐにゃりと歪み、もはや道路の体を成していない場所があるのです。地表から数メートル下に在る永久凍土が溶け始めた事によって生じている現象です。北方の建造物の大部分が強固な永久凍土を大前提として出来ているので、非常に広範な影響が今後出て来る可能性が高いです。永久凍土と温暖化の関係についての詳細な調査・研究が始まっています。

ヌナヴト準州レゾリュート・ベイには、カナダ天然資源省傘下のロジスティック支援組織があります。北極圏で行われる学術研究・調査からカナダ軍の演習或いは軍事オペレーションまで、必要物質の搬送等を年間を通じてサポートしています。この搬送活動にも地球温暖化の影響が及んでいます。かつては滑走路として利用できた場所が近年は氷の厚さが足りず、飛行機の離着陸が難しくなっていると云います。

更に、温暖化の直接的影響で動植物の分布にも変化が生じています。それが先住民コミュニティーの食生活にも影響しています。或いは、温暖化ガスを排出する従来型のディーゼル発電からの転換が求められている中で、太陽光や風力の自然エネルギーが試みられています。が、現実的オプションとしては、小型モジュール型原発の可能性が浮上しています。この分野では、高い技術力を持つ日本企業の貢献も期待出来ると思います。

地政学的現実

ノースウエスト準州の州都イエローナイフを訪問した際には、カナダ軍北方司令部を視察し、ジェイク・フレンチ司令官よりブリーフィングを受けました。カナダの国土の40%を占める3準州の国土防衛をミッションとしています。かつては氷に閉ざされていた北極海の向こう側はロシアです。地球温暖化で海氷が溶け出した北極海において、ロシアの活動が活発化しています。更に、中国も北極海への強い関心を示し活動を活発化させています。広大な北極圏において、カナダ軍としての物理的プレゼンスを適切に示すと同時に、偵察に万全を期しています。ロシア空軍の動向を注視していて、空軍と連携してスクランブル発進等の即応体制も敷いています。

ブリーフィング中のカナダ兵士

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

注目すべき事として、自然環境厳しく広大な未開の地での効果的な活動を確保する観点から、先住民を中心とする現地事情に詳しいレンジャー部隊と緊密に連携しています。

現在、カナダ国防省は、防衛戦略の見直しを行っています。安全保障上、北極圏の重要性が増しているところ、今後の進展が注目されます。

ビジネスの可能性

北方3準州には、重要鉱物資源の埋蔵が確認されています。これまで、永久凍土と氷で閉ざされていて、現実問題として開発は問題外でした。が、温暖化の影響で開発が可能になってきています。また、現下の国際社会をみれば、法の支配を無視した力による一方的な現状変更を試みる全体主義国家が存在する地政学的現実があり、2050年ネット・ゼロに向けたグリーン・エコノミーの進展があります。カナダの持つ重要鉱物資源の重要性が高まっています。連邦政府は昨年12月に「クリティカル・ミネラル戦略」を発表し、準州政府も積極姿勢を見せています。但し、開発し、ビジネスに結びつけるためには、①インフラの整備、②環境規制の緩和、③先住民の理解と支持が不可欠です。

ユーコン準州ピライ首相、先住民リーダーと。

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

ユーコン準州の州都ホワイトホースを訪れた際、ピライ準州首相とも面談しました。同準州首相は極めて雄弁にユーコンの持つ大きな潜在力を語ってくれました。私から重要鉱物資源に関し3点の課題について質問しました。同準州首相は、課題への対処は容易ではないものの、切迫感を持って取り組んでいると自信を示していました。また、同席していた先住民リーダーも、重要鉱物資源の適切な開発が先住民コミュニティーにとっても雇用や教育の機会となる意義について十分に理解されていて、パートナーとして能動的に関与していく旨述べられたのがとても印象的でした。

国際協力

ヌナブト準州ケンブリッジ・ベイには、2019年に完成したカナダ極地研究所(Canadian High Arctic Research Station)があります。極地研究に関する世界最高水準の研究施設をつくるというカナダ政府の野心的取り組みが実現したものです。ここでは、北極圏に関する様々な学術研究が行われています。温暖化の影響で北極圏全体のエコシステムが変容し、地球環境への中長期全体インパクトも予見されます。極地で起こっている変化について、北極の動植物、微生物から氷に至るまで詳細な調査・研究が行われています。この研究所には宿泊施設が併設されていて、日本を含め世界各国から研究者が来訪しています。

極地研究所、工事中の新施設

写真ご提供: 山野内駐カナダ大使

また、今回の視察ツアーに参加した23人の大使・高等弁務官は10日間の得難い体験を共有しました。そこで、我々の間には揺るがぬ同志意識が芽生えています。「Class of 2023 Northern Tour」同窓生として、大使館・高等弁務官事務所の間の連携が深まって行くことも期待出来ると思います。

結語

今回の北方視察ツアーは、カナダの多様性と包摂性を体感する貴重な機会でした。そして、先住民関係、地球温暖化、地政学的現実、ビジネスの可能性、国際協力の進展について学びました。改めて、日本とカナダが協力出来る分野は広く、大きな潜在力があると認識した次第です。

(了)

Yellowknife, Northwest Territories / ノースウエスト準州 イエローナイフ

Whitehorse, Yukon / ユーコン準州 ホワイトホース

Inuvik, Northwest Territories / ノースウエスト準州 イヌビク

Old Crow, Yukon / ユーコン準州 オールドクロウ

Dawson City, Yukon / ユーコン準州 ドーソンシティ

Ulukhaktok, Northwest Territories / ノースウエスト準州 ウルクカトック

Cambridge Bay, Nunavut / ヌナヴト準州 ケンブリッジ・ベイ

Resolute Bay, Nunavut / ヌナヴト準州 レゾリュート・ベイ

Pond Inlet, Nunavut / ヌナヴト準州 ポンド・インレット

Iqaluit, Nunavut / ヌナヴト準州 イカルイト

Ottawa / オタワ

  • Ottawaについて(英語サイト)