科学技術

山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、カナダファンの皆様、日加関係の発展を応援して下さっている皆様、こんにちわ。

はじめに

昨年は出来なかったリドー運河の天然スケートリンクですが、今年はオープンしました。オタワっ子は、世界最長のスケートリンクを楽しんでいます。そして、2024年は、4年に一度の閏年で、米大統領選挙と夏のオリンピックの年です。年始以来、激動の国際情勢で難題が山積しています。そうであればあるほど、日本とカナダの重層的な協力がお互いにとって重要になっています。 そこで、今回は、科学技術 の分野での日本とカナダの交流と協力、更には、地政学的なインプリケーションついて、皆様と共有したいと思います。

国力の源泉

ちょっと固い話になりますが、1933年の国家の権力及び義務に関する条約(一般に 「モンテビデオ条約」と呼ばれています)の第1条には、国家の要件として4つを定めています。 国際法上、国家には、①永久的住民、②明確な領域、③政府、④他国との関係を持つ能力が必要とされています。

そして、この4つの要件を満たした国家が国連に加盟している訳ですが、現在、193カ国です。国情は千差万別、国力も異なります。国力は、国土面積、人口、経済力、軍事力、文化力等々、実に多様な要因によります。ハード・パワー、ソフト・パワー、或いは、スマート・パワーという捉え方もあります。が、如何なる国家にとっても、科学技術は、国力の源泉です。経済力、軍事力の基礎に繋がります。社会が直面する様々な課題の解決にも貢献します。

特に、人工知能(AI)、量子、ビッグ・データ、クラウド・コンピューティング等の最先端科学技術は、国家安全保障に直結し、経済競争力の基礎をつくります。現下の厳しい地政学的状況をも左右し、各国の国力そのものを再構築する潜在力を秘めています。 それ故、特にAIについては、国際的なガバナンスの必要性が指摘され、広島サミットで偽情報の拡散など生成AIで懸念されるリスクも念頭に国際的なルールづくりに向けて「広島AIプロセス」が動き出しました。今年G7議長国のイタリアに引き継がれています。 そこで、日本とカナダです。勿論、両国とも科学技術の振興に力を入れ、日加間の協力を進めて来ています。ビジネスとしても大きな潜在力を持っています。更に、昨今の厳しい国際情勢をみれば、基本価値を共有して重層的な協力関係を築いて来ている日本とカナダにとって、最先端の科学技術分野でも新しい地平が広がっています。

この関連では、2023年1月、岸田総理がオタワを訪問。非常に濃密な日加首脳会談を行った後、トルドー首相主催の経済関係者との昼食会に参加しました。その際の演説で、「科学技術・イノベーションに重点的に取り組んでおり、日加両国の産官学の連携を一層強化していきたい」と明言されたのが象徴的です。 まずは、日加間のこれまでの科学技術分野の協力について概観します。

日加科学技術協力協定

国土が狭隘で天然資源に乏しい日本は、当然ながら科学技術立国です。そして、科学技術に携わる者は、本能的に「3人寄れば文殊の知恵」の利点を知っています。日本は、主要国と科学技術協力協定を結び、活動の形態や政府間協議の枠組み、協力の成果に関する知的所有権の扱い、情報交換、研究者交流、共同研究を規定。定期的に開催する合同委員会で進捗を確認し、将来に向けての指針を定めます。

カナダとの科学技術協力は、半世紀以上前の1972年に遡ります。カナダ科学技術協力協定使節団が来日。その成果が日加の共同声明に盛り込まれます。日加科学技術協議が設置され、2年に1度の頻度で1984年までに6回、開催されました。そして、その実績を踏まえて、1986年5月、日加科学技術協力協定が署名・発効します。日本とカナダの間の協力や交流は官民両セクターにまたがり非常に多岐にわたります。多様な形で進行していますが、この科学技術協力協定がその土台となっています。

協定に基づく合同委員会は、2〜3年おきに開催されて来ています。直近の合同委は、第15回で、2022年3月。未だ新型コロナの影響下でオンライン開催でした。充実した内容で、特に、日加の共同イノベーション・メカニズムや双方の拠出機会について議論が深まりました。特に、人工知能、量子技術、ハイパフォーマンス・コンピュータ、健康・医療、環境といった革新的分野での協力の重要性と可能性が強調されました。そして、第16回合同委員会は、本年に開催される予定です。

第15回日加科学技術合同委員会

写真ご提供:外務省

日加協力の推進

実は、科学技術の協力は、外からは分かり難いものがあります。例えば、量子研究の世界的拠点であるオンタリオ州ウォータールーのペリメーター理論物理学研究所スティーブン・ホーキンス・センターを訪れた際、巨大な黒板の一面に記された複雑な数式を見ました。正直に言って、私には全く分かりませんでした。最先端の研究者にしか理解できない類いのものです。「ローマは一日にして成らず」と云います。最先端の研究も成果が一般人にも分かるようになるまでには、膨大な時間と数々の試行錯誤が不可避です。要するに、プロセスが極めて重要な訳です。

ペリメーター理論物理学研究所スティーブン・ホーキンス・センターの黒板

写真ご提供:在カナダ日本大使館

そこで、日本とカナダの間で、進んでいる科学技術協力の具体例を幾つかあげたいと思います。

⚫︎ 国際頭脳循環の推進

2023年12月、日本の科学技術・イノベーション政策の中核的な実施機関であるJST(科学技術振興機構)とAMED(日本医療研究開発機構)は、先端国際共同研究推進プログラム(ASPIRE)で、協力相手国と協力して実施する新規課題を採択しました。多数の応募の中から2機関合計で8分野、52課題 が決まりました。1つの課題に最大5億円の研究費をサポートするものです。 AI・情報、通信、量子、半導体、健康医療の分野において、カナダの研究者が参加する7つの提案が採択されました。日加の研究者交流がさらに進展することが期待されます。

⚫︎ 高齢化社会のためのAI共同研究

2022年10月、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)は、戦略的国際共同研究プログラム(SICORP)において、カナダのカナダ国立研究機構(NRC)と協力し、「高齢者のための福祉に資するAI技術」に関する国際共同研究の共同公募を実施しました。AIに強みを 有するカナダとの共同研究により、世界に先駆けて高齢化社会を迎え、様々な課題が顕在化しつつある日本で、AIが高齢者にとってより優しい社会の構築に大いに貢献することが期待されます。そして、その研究開発の成果はいずれ高齢化に直面するであろう各国にとっても必ずや必要になると思われます。

⚫︎ 量子分野の研究協力(東大×UBC×Max Planck研究所(独))

2021年、東京大学、ブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)マックス・プランク研究所は、これまで積み重ねて来た量子分野に共同研究を更に5年間延長することを発表しました。遡れば、2010年、ブリティッシュ・コロンビア大学は、量子マテリアルを中心に研究開発に取り組むStewart Blusson Quantum Matter Instituteを設置。2017年には、東大がUBC及びドイツのMax Planck研究所と3者全学協定を調印し、共同研究の枠組みがつくられました。3つの機関から5年で$2.5M出し合って、物質科学分野で世界をリードするグローバル研究拠点、Max Planck-UBC-UTokyo Centre for Quantum Materialsを形成。世界トップレベルの共同研究を推進しています。  量子技術は未だ開発途上ですが、新薬開発、交通渋滞の解消、二酸化炭素の回収技術、金融市場のリスク評価、更には、人工光合成など様々な分野で革命的な進化をもたらすことが期待されています。

⚫︎ 京都大学・マギル大学によるジョイント・ディグリー等

2018年4月、京都大学医学研究科にて、「京都大学・マギル大学ゲノム医学国際連携専攻(博士課程)」が開設された。ゲノム解析において世界トップクラスの京都大学とマギル大学が緊密な連携のもとジョイント・ディグリープログラムを実施することで、互いの大学の特徴を活かした、相互補完的かつ単一大学では成し得ない質の高い教育研究を推進し、生命ビッグ・データを活用した様々な解析技術を習熟し、今後の予防医学の発展に貢献できる人材が育成されています。

⚫︎ 宇宙での協力

2009年、若田宇宙飛行士は、国際宇宙ステーション(ISS)の日本実験棟「きぼう」をカナダが開発したカナダ・アーム2を使用して組み立てました。また、ISSで星出宇宙飛行士(2012年)、油井宇宙飛行士(2015年)がカナダ・アーム2を使用して日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)を把持する等の連携・協力が実現。直近では2020年5月、カナダ・アーム2が「こうのとり」9号機を把持しました。 この関連では、私も2022年6月にカナダ宇宙庁(CSA)を訪問し、リサ・キャンベル長官と意見交換しました。CSAとJAXAの間で緊密な連携、日本の「だいち2号」とカナダのRADARSATの間での気候変動分野での協力の可能性、更にはCSA、JAXA、ドイツ航空宇宙センターの3者での人材マネージメントの協力等、宇宙分野でも日加協力が進んでいることを実感しました。

若田宇宙飛行士とカナダ人宇宙飛行士ジェレミー・ハンセン大佐

写真ご提供:在カナダ日本大使館

ノーベル物理学賞の日加共同受賞

さて、上述の共同研究・協力はほんの一部です。ここで、日本とカナダのノーベル賞共同受賞についてです。 2015年、 梶田隆章・東京大学教授アーサー・マクドナルド(Arthur B. McDonald)・クイーンズ大学教授がノーベル物理学賞を共同受賞しました。ニュートリノが質量を持つことを確認した功績です。日本でも大きく報道されました。湯川秀樹博士以来の素粒子物理学は日本の得意とする分野です。また、2002年に同賞を受賞していた小柴昌俊教授の功績であった巨大施設スーパー・カミオカンデでの観測の成果という点も注目されました

ニュートリノとは、物質をつくる基本である原子の最小単位である素粒子の一つです。138億年前の宇宙誕生の瞬間に大量に生まれ、現在も存在しています。ニュートリノには3つの種類があります。非常に小さく(10のマイナス18乗メートル)、どんなものでも、地球ですら、通り抜けてしまう性質を持つので、質量を持たないというのが定説でした。

1998年、岐阜県飛騨市の旧神岡鉱山の地下1,000メートルに設置された宇宙線観測施設「スーパーカミオカンデ」での観測と研究が世界に衝撃を与えます。この観測を主導したのは、小柴教授の弟子である、戸塚洋二教授でした。戸塚教授の弟子が梶田教授です。要するに、ニュートリノが地球をすり抜ける際に形を変える「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象の痕跡を発見し、ニュートリノには質量があることを示唆します。従来の素粒子物理の常識を覆す観測でした。

しかし、学術的には決定的な証明とまでは言えなかったそうです。そこで、登場するのがカナダです。ハリファックスの名門ダルハウジー大学で学位を得て、プリンストン大で研究した後、クイーンズ大学教授となったマクドナルド博士のチームは、オンタリオ州の中央部サドベリー地域のクレイトン鉱山の地下2,100メートルに設置された「サドベリー・ニュートリノ天文台」で、直接的に太陽ニュートリノ振動を証明したのです。

スーパーカミオカンデにおける戸塚教授の1998年の観測とサドベリー天文台におけるマクドナルド教授の観測、更にその後の緻密な計測と論証によって、戸塚教授とマクドナルド教授は、2007年にベンジャミン・フランクリン・メダルを共同受賞します。次のノーベル賞間違いなしと高く評価される研究でした。が、戸塚教授は2008年に他界。その志を継いだ梶田教授がマクドナルド教授とともに2015年のノーベル物理学賞を共同で受賞するに至ります。ニュートリノの全貌、更には宇宙のはじまりの解明への鍵となる最先端の研究分野における日本とカナダの世界最高水準の研究者の交流の象徴です。

梶田東京大学教授とマクドナルド・クイーンズ大学教授

写真出所:https://en.m.wikipedia.org/wiki/File:Arthur_B._McDonald_%26_Takaaki_Kajita_5172-2015.jpg Photo:Bengt Nyman

研究セキュリティー

昨今の著しい科学技術の進展は、一面で課題解決に貢献し、経済発展を促す訳ですが、同時に国家安全保障にも直結します。“学問の自由”や“オープン・イノベーション”は、学術研究の中核にあるべきものです。が、21世紀の厳しい地政学的な現実の中で、各国とも研究セキュリティーについて真剣な議論が進められています。そこで、カナダの最新状況について、共有したいと思います。

2024年1月16日、 シャンパーニュ革新・科学・産業大臣 ホランド保健大臣ルブラン公共安全大臣は、「機微技術研究及び懸念される提携に関する政策(Policy on Sensitive Technology Research and Affiliations of Concerns)」を発表しました。その背景を端的に述べています。

「カナダの研究は、発見・発明の最前線にあり、今日の研究は、人類の最も差し迫った課題に対する解決策の原動力となっている。カナダ主導の研究は卓越性と協力的な特質を持つ。一方、その開放性故に外国の影響力の標的になる可能性があり、研究開発努力が国家安全保障を脅かす潜在的なリスクが高まっている」

この政策には、2つのリストが添付されています。第1に、機微技術研究に該当するデジタル、量子、AI、生命科学、ロボット工学等の11分野を特定しています。第2に、カナダの国家安全保障に危険を及ぼす可能性のある軍、国防、国家安全保障機関に関係する研究機関を特定しています。それらは、中国、ロシア、イランの機関です。 最先端の科学技術を巡る研究セキュリティーは、基本的価値を共有する同志国である日本とカナダの一層緊密な共同研究に繋がっていきます。

クッチャー上院議員・加日議連共同議長の情熱

先端分野の研究については、上述のとおり、地政学的なインパクトを持ち得ると同時に、将来のビッグ・ビジネスの可能性を秘めることから、日加間の協力が双方にとって今まで以上に重要になっています。 そこで、カナダ議会において日本との友好親善協力関係を牽引している「カナダ日本友好議員連盟」の共同議長を務めるノバスコシア州選出の無所属議員連盟のスタンリー・クッチャー上院議員が唱導する科学技術協力について皆さまと共有します。

クッチャー博士は、医学博士にして、WHO共同研究所・訓練部長を歴任。科学技術は戦略的な対外関係強化のための基盤であり、経済安全保障・国家安全保障に直結するが故に、科学技術協力を一層前進する必要性を確信されています。特に、日本の研究を極めて高く評価し、日加間の科学技術協力を強力に推進すべく、積極的に活動されています。

例えば、カナダにおける科学技術協力の鍵となる4つの機関、国立研究機構(NRC)、自然科学・工学研究機構、保健研究機構、社会科学・人文科学研究機構の理事長等を率いて、日本大使館で会議を行い、有益な意見交換が出来ました。

そして、この会議での議論をベースにして、日加間の研究協力の一層の強化に向けて、クッチャー上院議員のリーダーシップの下、NRCが中心になって、ホワイトペーパーが作成されました。このホワイトペーパーを関係者に共有しつつ、具体的な方策について議論が深められています。クッチャー上院議員は、昨年11月、テリー・シーアン加日議連共同議長と共に訪日されました。その際には、外務大臣科学技術顧問の松本洋一郎博士らとも有益な意見交換をされました。 科学技術協力の推進のためには、岸田総理の演説にあるとおり、産官学の緊密な連携が不可欠です。クッチャー上院議員の情熱と構想力が連携を加速しつつあります。

スタンリー・クッチャー上院議員ほかとの意見交換

写真ご提供:在カナダ日本大使館

結語

最後に、日加間の最先端分野での最新の動きを紹介します。それは、夢のエネルギー源と言われている核融合(フュージョンエネルギー)に関するものです。 2023年9月、京都大学発の世界最先端の技術を基軸にする日本のスタートアップ企業「京都フュージョニアリング」が「カナダ原子力研究所」と戦略的業務提携契約(Strategic Alliance Agreement)を締結しました。本契約により、両者はフュージョンエネルギー実現に必要不可欠な燃料サイクルシステム(Fuel Cycle System)に関する共同新プロジェクトを開始します。未だ、知る人ぞ知る段階ですが、内外の関係者が大いに注目。将来への期待が高まります。

科学技術分野の協力強化が日加関係の更なる発展に繋がっています。

(了)

文中のリンクは日加協会においてはったものです。

Waterloo

Ottawa / オタワ

Sudbury

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