Column: オタワ便り NO.28 (2024年8月)
オタワ便り第28回 8月 Natsu Matsuri(夏祭り)
オタワの風物詩・日本コミュニティの結束
山野内在カナダ大使
はじめに
夏至も過ぎて、7月の声を聴くと、オタワも盛夏です。温暖化の影響で、数日だけですが40℃にならんとする猛暑日もあります。総じて、暑過ぎず、湿度もほどほどで過ごしやすいです。木陰に入って微風を感じながら大きな青空を見上げれば、日常生活の些細な憂さも何処かへ吹き飛びます。
そして、夏と言えば、夏祭りです。日本ならば、全国津々浦々に個性的な祭りがあります。興味深いことに、夏祭りの起源を遡ると、京都の祇園祭や大阪の天神祭は1000年以上の歴史がありますが、多くの夏祭りは江戸時代以降に発展しています。元来は、農村部での夏季の労働の疲れを労り、夏季の疫病を封じ、或いは死者を弔うという意味合いがあったと言われています。現代では、お盆で帰省の時期でもあり、懐かしい人々との再会の意味も大きくなっています。
そんな夏祭りですが、ここオタワでも「夏祭り」があります。
オタワの夏祭りの起源と発展
我が大使館の古文書を紐解くと、オタワで「夏祭り」が始まったのは、20年前の2004年のことです。JETプログラムの同窓会組織JETAAオタワ支部が中心となって、日本文化をオタワ市民に紹介する画期的なイベントの誕生でした。JET参加者は、彼らが日本各地で経験したお祭り等の日本文化には、カナダ人の胸に響くサムシングが宿っていることを直感していたのだと思います。法眼健作大使率いる日本大使館も、その趣旨に全面的に賛同して協力しました。
2012年夏祭り
写真ご提供:在カナダ日本大使館
初回は、小規模なものだったといいます。ですが、首都オタワで歴史上初めて行われた、記念すべき「夏祭り」でした。21世紀のカナダにおける日本コミュニティーの潜在力を示したのです。そして、「夏祭り」は、ヴィンセント・マッシー・パーク、市庁舎など、会場を変えつつ、徐々に内容を充実させて続いて来ました。特に、2013年に「和食」がユネスコの「人類の無形文化遺産」に登録されて以降は、和食を中心に日本文化への関心が高まって行きます。「夏祭り」は、毎年開催されるAnnual Natsu Matsuriとして定着します。
2016年夏祭り
写真ご提供:在カナダ日本大使館
2018年夏祭り
写真ご提供:在カナダ日本大使館
2019年には第15回目となりました。市庁舎前のマリオン・ドゥーワー・プラザで盛大に開催されました。JETAAの力強いイニシアチブで、協賛・参加団体も増え、日本大使館、音和太鼓、三味線、高橋道場、立山道場、オタワ松濤館空手道、よさこい踊り、盆踊り等のパフォーマンスが行われた他、大学クラブ、芸術家、オタワ市内の日系企業など多数の団体・組織が参加。今後の大きな可能性を示しました。
新型コロナ感染爆発〜JET AAの知恵〜復活
しかしながら、2020年は、新型コロナ感染爆発の影響に直面します。未曾有の危機は、市民生活の隅々にまで及びます。この年の「夏祭り」は中止となりました。
危機は、日頃は見えない国家や組織や社会、或いは個人の本質を露わにします。極めて単純化すれば、新型コロナ禍で、「自由」と「安全」がトレードオフの関係にある中、どちらを優先するかがはっきりしました。米国は「自由」を優先しました。日本はその対極で「安全」が最優先でした。カナダも日本に近かったと思います。新型コロナ対策は、2021年になっても厳しく、「夏祭り」は、2021年も開かれませんでした。
特筆すべきは、この時に、JET AAが立ち上がって、「デジ秋祭り(Digi-Aki Matsuri)」と名付けたオンライン・イベントを2年間にわたり開催したことです。困難な時にこそ、組織の底力が明確に分かるというものです。各種パフォーマンスを通じ日本文化をプロモーションし、合わせてJETの活動も紹介しています。新型コロナ禍で「夏祭り」が出来ないなら、「デジ秋祭り」で日本関連の発信を行ったのです。「夏祭り」スピリッツで次に繋げたのです。
2022年春になると新型コロナ感染も収束に向かいます。そして、7月、「夏祭り」は、力強く復活します。第16回目のAnnual Natsu Matsuriとなりました。そして、2023年には、Annual Natsu Matsuriは17回を数えました。多彩なパフォーマンスは、日本文化の奥の深さを実感させるものでした。JETAAオタワ支部の底力と日本コミュニティーの結束を示し、「夏祭り」は成功裡に閉幕しました。
2023年夏祭り
写真ご提供:在カナダ日本大使館
存亡の危機
しかし、第17回「夏祭り」の運営の背景には、厳しいものがあったのです。実は、新型コロナ感染は収束していましたが、その影響は公共イベントを含め様々な面に残っていたのです。各種の規制・手続きも厳しくなりました。特に、諸物価が高騰したインフレは社会問題となりました。従来「夏祭り」の会場となっていた市役所前の広場の会場借料も引き上げられました。また、労働市場でも人手不足が顕在化しました。当然ながら、JETの同窓生等の生活にも陰に陽に影響が及びました。JET AAオタワ支部にとっては、財政面でも人材面でも、非常に厳しい状況に至りました。
一方、日本文化への関心の高まりは留まるところを知りません。「夏祭り」の規模も年々大きくなっています。調整・準備・運営には相当の労力を要します。JET AAオタワ支部の手には余る、との率直な感想も漏れてきたといいます。
そして、同窓会組織内で真剣な検討が行われました。JET AAとしては、「夏祭り」主催という負担は背負いきれず手を引くことを決めます。2004年以来、コロナ禍の2年を除き、毎年17回にわたり開催して来た「夏祭り」をこれまでのように、主催し運営を続けることは困難との結論に至ったのです。苦渋の決断でした。
一方で、JET AAは、日本文化を幅広く紹介したいという熱意において、人後に落ちる訳ではありません。今後も、花見イベント、和食料理教室、書道ワークショップ等を行っていくこととしました。
とは言え、過去20年にわたって、武道、生花から茶・和食、舞踏、ポップカルチャーまで、実に多彩な日本文化をオタワ市民に紹介して来た「夏祭り」です。20年に及ぶ実績と歴史と伝統が積み重ねられて来ました。このまま、消えてしまうのは、余りにも惜しい。JET AAが頑張って育んで来た「夏祭り」スピリッツは引き継がれるべきです。
「夏祭り」存亡の危機に直面し、オタワの日本コミュニティーは改めて結束力を示します。その中核を担ったのは、OJCA/OJCC (オタワ日系協会・オタワ日系文化センター)です。「素晴らしいコミュニティーのショーケースや集まりを失いたくない」として、2024年からは、OJCA/OJCCが「夏祭り」を主催する意向を表明しました。特に、OJCA/OJCCの若手メンバーが、「夏祭り」の持つ意義を確信。主体的に運営していくこととなりました。
新生「夏祭り」2024年
そして、2024年7月6日(土)午前11時から午後4時まで、サンディヒル・コミュニティー・センターにて、「夏祭り」がOJCC/OJCCの主催で開催されました。存亡の危機を乗り越えた新生「夏祭り」です。何事によらず、危機を克服した者は、国であれ組織であれ個人であれ、一回りも二回りも大きくなるものです。OJCA/OJCCのリーダーシップの下、実に多彩な日本文化関連団体が結集しました。勿論、JETAAオタワ支部も参画しました。モントリオールやトロントからも関係団体が参加しました。日本大使館も全面的に協力・参画しました。
「夏祭り」開会に際し、主催者を代表してOJCAのメリッサ・カミバヤシ会長の開会スピーチに次いで私も挨拶をさせて頂きました。そして、オタワの誇り音和太鼓の元気と優雅と洒脱が融合したパフォーマンスで、幕が上がりました。既に、この段階で、会場は興奮と熱気に溢れ、多くの来場者で立錐の余地も無い程でした。
メリッサ・カミバヤシOJCA会長ご挨拶
写真ご提供:在カナダ日本大使館
山野内駐カナダ大使ご挨拶
写真ご提供:在カナダ日本大使館
コミュニティー・センターにはメイン階とローワー階があります。この二つのフロアーが同時並行的に極めて効率良く活用されました。武道、和太鼓、よさこい踊り、音楽等々の多彩なパフォーマンス、オタワ・モントリオール・トロントからの出店、日本食、ヨーヨー釣り、習字など各種アクティビティー、工芸品や糀・オーガニック食品等々の販売まで、リアルに日本の夏祭りが再現されているかのようでした。今まで以上にパワーアップした「夏祭り」となりました。
2024年夏祭り参加者
写真ご提供:在カナダ日本大使館
2025大阪万博のマスコット「myaku myaku」で遊ぶ子供たち
写真ご提供:在カナダ日本大使館
正確な来場者はとても数え切れなかったそうです。日本大使館のブースで配布したゲームのチケットだけで1000枚を超えました。午前11時の開会から午後4時の終了時まで、来場者が途絶えることはなく、常に混み合っていました。おそらく、数千人が「夏祭り」に来たのではないかと推察します。
因みに、来場者の数では、「アニメ・オタワ」の方が大きいと思います。が、アニメ等のポップ・カルチャーから伝統的なものまで、日本文化を総体として紹介するものとしては、明らかに、オタワにおける日本文化紹介の最大のイベントです。
日本文化の求心力
そこで、日本文化について愚考してみます。日本文化には、有形無形の独特な魅力があるように思えます。西洋的な文化、或いは中東・アフリカとは異なっています。が、同時に他のアジア諸国とも違います。今、我々が言う日本文化は、江戸時代の鎖国と明治期の文明開化が生んだ和魂洋才に依拠するものです。日本流の多様性と包摂性の賜物に思えます。伝統的・東洋的なものから西洋的、超モダンなものまで含むのが日本文化だと思います。上述のとおり、一口に日本文化と言っても、日本独自の伝統的な武道、茶道、生花、盆栽、書道、折り紙から食文化、更にはポップカルチャーまで実に多彩です。それが、カナダの社会が誇る包摂性と多様性に絶妙にマッチしてるように感じます。実際、日本文化は人種民族を超えて幅広い人々を魅了しています。オタワ市民それぞれの好みにあった日本文化と出会える可能性に満ちています。日本文化には、大きな求心力があるのです。
そして、「夏祭り」には、もう一つの大きな役割があります。普段は、個別に活動しているそれぞれの文化関係団体ですが、「夏祭り」となれば、皆が一堂に会し、横の繋がりが太くなっていくのです。かつて勤務した米国では何事につけ競争が苛烈で、友人知人はよく、“When we work together, we are stronger.”と言っていました。実感することは、結束し協働することは、米国に限らず何処ででも、非常に重要だということです。日本文化の関係団体が連携・結束を強化することに、大きな利点があると思います。より多くの関係者が参加することで、元来多彩で幅広く奥深い日本文化をより多角的に紹介できるようになるからです。2024年の新生「夏祭り」がそれを証明したのです。
「夏祭り」は、オタワ市民と日本文化の出会いの場にして、日本文化関係者の連携と結束の深まる場でもあるのです。
「夏祭り」の未来像
例えば、ワシントンD.C.には、百年を超える歴史を誇る「桜祭り」があります。今や、全米中継される米国における日本文化を象徴するものです。これが始まった時に、誰がここまで大きな存在になると想像したでしょうか。
例えば、ニューヨークには、ジャパン・パレードがあります。2020年に計画されたものですが、新型コロナ感染爆発で中止されました。その後の開催は危ぶまれましたが、日本コミュニティーの熱意で2022年に初めて開催され、今年で3回目です。既に、大きな注目を集めるニューヨークの代表的パレードの仲間入りです。二つの理由があります。第一に、日本文化の魅力。第二に、日本コミュニティーの結束力です
そして、オタワには「夏祭り」があります。2004年以来、20年続いています。2024年の「夏祭り」はその潜在力の大きさを示しました。日本文化の魅力と日本コミュニティーの結束力には誇るべきものがあります。公的セクターからプライベート・セクターまで関係各団体・企業からのサポートを充実させていくことも必要です。が、大きなヴィジョンと戦略をもって、カナダの首都オタワにおいて、日本文化のAからZまで発信するイベントとして、大きく育てて参りましょう。
(了)
文中のリンクは日加協会においてはったものです。
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