Column: オタワ便り NO.30 (2024年10月)
オタワ便り第30回 10月 高円宮日本教育・研究センター20周年
山野内在カナダ大使
日加協会の皆様、日加関係を応援頂いている皆様、こんにちは。
はじめに
10月の声を聞くと、オタワの秋も深まり、紅葉も見事です。日頃ウォーキングをしている公邸から歩いて10分ほどのマッケイ湖の周辺の写真を共有します。自然に恵まれた首都オタワの雰囲気の一端を感じて頂ければ嬉しいです。
マッケイ湖
写真ご提供: 山野内駐カナダ大使
さて、早いもので「オタワ便り」も今回で30回です。この間、実感するのは日加関係の充実です。毎月、皆様と共有させて頂いているように、政治・安全保障面からビジネス、科学技術、文化、更にはスポーツまで、実に幅広い分野で日本とカナダの協力・友好親善は深まっています。そんな中、今月は、アルバータ大学に設けられた「高円宮日本教育・研究センター(Prince Takamado Japan Centre for Teaching and Research)」(以下、高円宮センター)についてです。
今年は高円宮センターが2004年に設立されてから20周年の節目の年です。そこで、9月24〜25日にアルバータ州の州都エドモントンのアルバータ大学において記念式典が行われ、私も招待されました。とても充実した日程でした。
カナダにおける日本研究と日本語教育を、更には学術面での日加協力を振り返り、今後の高円宮センターの一層の発展を考える上で非常に良い機会でした。
高円宮センター前史
全ての物事には始まりがあります。が、唐突に始まることはありません。始まる前には、様々な素地があって土台があって初めて形になるものです。高円宮センターも例外ではありません。2004年6月10日の発足に至るまでの経緯を辿ってみましょう。
遡れば、1867年7月1日です。自治領カナダが建国された時は、ノバスコシア州、ニューブランズウィック州、ケベック州、オンタリオ州の4州だけ。当時は、平原のプレーリー3州はハドソン湾会社が保有するルパーツランドと呼ばれていました。アルバータ州として自治領カナダに参加するのは1905年まで待たねばなりません。そして、初代州首相の強力なイニシアチブで1908年にアルバータ大学が設立されました。そして、アルバータ州は、石炭・石油・ガスのカナダ有数の産地として経済発展を遂げます。同時に、アルバータ大学も総合大学として発展します。大学ランキングではカナダで5位、世界で100位、ノーベル賞受賞者も輩出します。1979年にピエール・トルドー首相率いる自由党を下した進歩保守党のジョー・クラーク首相の出身校でもあります。そして、アルバータ大学人文学部は、歴史・文学・外国語を含め多角的な観点からの学術研究を進めます。
アルバータ大学全景
ネット上の無料写真
そして、1996年、アジア研究の柱として「日本語・日本文化センター(ジャパン・センター)」が発足します。ジャパン・センターは、北米における日本語や日本文化の教育方法の発展を視野に、人文科学・社会科学・美術・ビジネス・教育・工学・科学・厚生科学に携わる専門家らに日本語や日本文化に関する卓越した知識や情報を提供することを任務としています。
そこで、高円宮憲仁親王殿下です。1954年12月に御誕生になり、長じて学習院大学を御卒業後、1978年から81年まで、カナダはオンタリオ州キングストンの名門ククイーンズ大学に留学されます。皇室の留学期間は2年というのが慣例だったそうですが、同大学での学業の進展と研究の深化で3年間の在籍となられました。この間、カナダとの御縁を深められ、生涯をかけてカナダとの友好親善に尽力されることになります。鳥取久子さまとの出会いも青山のカナダ大使館におけるレセプションであったと伝えられています。
その後、在京カナダ大使館設立から70周年を迎えた1999年に、高円宮同妃両殿下がカナダを訪問されます。その際に、エネルギー産業の要であり日本企業も多数進出しているエドモントンにもお越しになりました。そして、日本とカナダの学術交流にも大きな関心をお持ちの両殿下は、アルバータ大学を視察され、ジャパン・センターにも立ち寄られました。ジャパン・センターはじめアルバー大学関係者は、高円宮殿下の日加両国間の友好親善発展に関するヴィジョンに大きな感銘を受けたといいます。
しかし、2002年11月、高円宮殿下が薨去されます。余りに早過ぎる訃報に、アルバータ大学関係者は大きな悲しみに包まれました。フレーザー学長は、悲しみを乗り越え、高円宮殿下のヴィジョンを実現したいとして、ジャパン・センターの名称を変更し高円宮家の名を冠し、敬意を払いたい旨を高円宮妃殿下に相談します。
そして、2004年6月10日、高円宮妃殿下からの許可を頂戴して、アルバータ大学において「高円宮日本教育・研究センター」が発足します。高円宮殿下の思いを糧として、センターの任務「人と知識の交流」が掲げられています。
2019年高円宮妃殿下のセンター訪問
写真ご提供: カルガリー総領事館
高円宮日本教育・研究センターの20年と業績
2004年の発足以降、高円宮センターは、カナダにおける日本語教育、文化交流、学術研究、国際理解促進の分野で重要な役割を果たして来ました。一方、如何なる組織であれ、20年もの間運営されれば、アップ・ダウンを経験するものです。経済状況はセンターを支援する予算に様々な影響を与えます。センターの運営は大学の人事異動とも無縁ではありません。2020年の新型コロナ感染爆発はセンターの運営に大きな困難を強いました。ですが、センターは力強く乗り越えて来ました。
この間の高円宮センターの主な業績として次の5点があげられます。
① 日本語教育の推進: アルバータ大学内の日本語コース提供に加え、オンライン・プラットフォームにて、世界中の日本語学習者への学習機会を提供。更に、日本語スピーチ・コンテストや日本語教師向けのワークショップを開催する等、日本語教育の質の向上に貢献。
② 文化交流の促進: 講演会、映画上映会、美術展示会等の様々なプログラムやイベントを企画。伝統的な日本文化のみならず現代文化、音楽、食文化、ポップカルチャーも含め、日本の理解促進に努力。
③ 研究活動のサポート: 日加関係に関する学術研究や国際関係、日本文学、日本社会の研究などを支援。特に、奨学金や研究助成金を提供し、日加の学術交流を促進。
④ 交換留学プログラムの支援: アルバータ大学と日本の各大学との間で行われている交換留学プログラムは、日加両国の学生に相互理解を深める絶好の機会。高円宮センターは、各種交換留学プログラムを支援。
⑤ デジタル化とオンラインリソースの提供: デジタル技術を活用して、日本の文学・歴史・文化に関するデータベース、電子書籍、オンライン講義等を含む日本に関する各種情報をオンラインにて提供。
高円宮センターの20周年
2024年9月24〜25日の20周年式典は、非常に濃い内容でした。概略を記します。
9月24日(火)
・高円宮センター諮問委員会: ローバート・ウッド人文学部長の下で、ウォルター・デイヴィス高円宮センター所長代行、クリスティーン・ナカムラ・アジア太平洋財団副総裁、山本訓子・国際交流基金トロント日本文化センター所長らと共に、議論。
諮問委員会
写真ご提供: 在カナダ日本大使館
・アルバータ大学付属植物園内の栗本日本庭園における前夜祭: 松風茶の湯の会によるデモンストレーション、ビル・フラナガン学長、イアン・マッケイ駐日カナダ大使、私の挨拶、懇談、そして地元の和太鼓グループ「北の太鼓」による演奏。栗本庭園は、アルバータ大学初の海外からの留学生である栗本祐一博士の名を冠した純日本庭園です。栗本博士は、アルバータ大学卒業後、故郷名古屋に戻り、日本初の鉄道学校を設立しました。現在の名古屋商工大学です。
お茶 マッケイ大使と
写真ご提供: 在カナダ日本大使館
フラナガン学長、ディヴィス所長代行、倭島総領事と
写真ご提供: 在カナダ日本大使館
北の太鼓
写真ご提供: 在カナダ日本大使館
9月25日(水)
20周年記念式典は午前9時から午後4時まで、途中のレセプション・自由懇談を挟んで、アルバータ大学が誇るティムズ芸術劇場にて開催されました。
・祝辞: まず、サルマ・ラカーニ・アルバータ州総督による祝辞を賜わりました。州総督は、カナダの国家元首であるチャールズ3世を公式に代表する立場にあります。州総督の式典への参加は、高円宮センターに対するアルバータ州の期待の表明に他なりません。更に、フラナガン学長による挨拶では、高円宮妃殿下との面談で感銘を受けたこと、今後5年間で総額32万ドルのセンターへの支援金と新たな人材提供の学長イニシアチブについて表明されました。私からは、現下の国際情勢の下での日加関係の現状と高円宮センターの役割について述べると同時に、カナダ三菱商事、丸紅、ドライビング・フォース社の寛大なる支援への謝意を表しました。そして、高円宮妃殿下からの特別なビデオ・メッセージが披露されました。高円宮殿下のカナダへの思い、その思いを実現していく上での高円宮センターに対する期待が、心温まるお言葉で述べられました。満場の拍手喝采が強く印象に残りました。
ラカーニ州総督と
写真ご提供: 在カナダ日本大使館
・研究費助成プログラム紹介: 高円宮センター20周年に際して、2024年度にセンターが研究費を助成する5件のプログラムが発表されました。日本の大学を含めた国際的な共同研究で、日本の社会・文化等に関する学術的・専門的な分野です。
・ゴードン・ヒラバヤシ追悼プログラム: 米国ワシントン州出身で第二次世界大戦中の日系アメリカ人強制収容に抗議し正義のために立ち上がったゴードン・ヒラバヤシ氏は、オバマ大統領から自由顕彰を授与された人権のリーダーです。ヒラバヤシ氏は、1959年にエドモントンに拠点を移しアルバータ大学に奉職されました。社会科学部を創設され、学部長も務められました。25年間にわたりアルバータ大学で教鞭を取り、同学部の水準を引き上げました。同時に、カナダにおける日系カナダ人の正義の闘いであるリドレス運動にも深く関わった偉人です。が、2012に逝去された後には、歴史に刻まれるべき業績にも関わらず、歳月の経過と共に忘却されていました。そこで、アルバータ州の日系コミュニティーが、ヒラバヤシ氏の業績を語り継ぐため、ドキュメンタリー映画制作など取り組んでいます。高円宮センターもこの活動を支援しており、20周年式典で現状が紹介された次第です。
ゴードン・ヒラバヤシ
写真ご提供: ご家族より
・特別講演: まず、囲碁の世界チャンピョンを打ち負かしたAI「アルファ・ゴー」を生み出したAIの巨人リチャード・サットン・アルバータ大学教授です。まず、「知能(intelligence)」とは何か?という哲学的な設問から、20世紀以降の人工知能、コンピューター・サイエンスの発展を俯瞰し、AIの今後の発展、更に人間の社会における役割、中央集権的な画一的な制御ではなく、分権的で自由な協力の輪が社会をより良くするという考え方等について、静かに、しかし、情熱と希望を持って語られました。講演後、暫し面談の機会を頂戴しましたが、本当に感動しました。
次に、百人一首の優れた研究で叙勲もされているジョシュア・モストウ・ブリティッシュ・コロンビア大学教授の講演です。百人一首が詠まれて数百年後の江戸時代における受け止められ方、編者による解釈の違い、更には版元による漢字とひらがなの綴り方の違いや、挿し絵として刷られている浮世絵の細かな差異まで、オリジナルの百人一首をスクリーンに写して解説されました。時に、シェークスピアをも引き合いに出しての文学と社会の関わり方まで極めて洞察力に富む講演でした。
サットン教授と
写真ご提供: 在カナダ日本大使館
・パネルディスカッション: デイヴィス高円宮センター所長代行がモデレーターとなって、倭島カルガリー総領事、山本国際交流基金トロント日本文化センター所長、ナカムラ・アジア太平洋財団副総裁、そして私も参加しました。20周年を節目として、高円宮センターを更に発展させていく観点から、非常に有益な議論が行われたと思います。会場のオーディエンスからも数多くの質問・意見・提案がありました。項目だけ列挙すると、財政基盤の強化、組織の充実、他の機関等とのネットワークづくり、若い世代の取り込み、知名度・認知度の一層の向上、高円宮センターを拠点とする行事の創設、積極的な広報・出版・発信等々です。
次の20年に向けて
今般、高円宮日本教育・研究センター20周年に関する一連の行事に参加して、実感したのは、高円宮センターの持つ極めて大きな可能性と潜在力です。
まず、高円宮殿下の未来志向のヴィジョンの力です。日加間の友好親善と学術交流を強化していくことは、我が国のカナダ外交の目的であり基盤そのものです。このヴィジョンが、政府、アカデミア、産業・ビジネス、有識者を鼓舞しています。そして、高円宮センターのあるアルバータ大学は、ノーベル賞受賞者や首相も輩出しているカナダ屈指の大学です。その上、大西洋岸、東部、太平洋側の中間という絶好の地理的な位置にあります。更に、アルバータ州は、カナダの中で人口が最も増えている州です。従来の石炭・石油・ガスからアンモニア・水素という新エネルギー産業が勃興しています。加えて、AIはじめ最先端科学の研究開発が加速しています。日本、米国等の有力企業がビジネス・チャンスを求め投資しています。
このような可能性と潜在力を、言葉だけではなく、現実のものとしていくアクションが今こそ必要だと実感します。
そこで、高円宮センターの更なる発展に少しでも資すればという思いで、全く個人的なアイデアを記して今回の「オタワ便り」を締めくくりたいと思います。
① この素晴らしい20周年記念行事の成果を年末までに、報告書にまとめて日加関係に関心のある方々と出来るだけ幅広く共有する。
② 今回の諮問委員会及びパネルディスカッションで出た意見を集約して、高円宮センターの「戦略とアクション・プラン」を策定すべく早急に検討・議論を始める。高円宮センターの具体的な活動、企業の支援を含む財政規模強化についての方策、諮問委員会の機能強化、広報・出版・発信強化等が鍵となる。
③ 高円宮センター拠点とした定例行事を行うという観点から、毎年、センターが設立された6月10日に高円宮センター年次会合を開催する。そこでは、特別講演、研究発表、ネットワーキング、シンポジウムを通じて、高円宮センターの活動を強化していく。2025年の年次会合で上記②の「戦略とアクション・プラン」を採択する。
④ 2028年は、日加外交関係樹立100周年。極めて意義深い節目の年であるので、それに相応しい高円宮センターとしての陣容と活動と評判と認知を得るべく、「戦略とアクション・プラン」を実践していく。
結語
現下の厳しい地政学的な現実と地球温暖化対策の必要性を考えれば、カナダと日本の協力は必然です。大きな可能性と潜在力を持つ高円宮センターは、これらの日加関係の発展において特別な役割が期待されています。
私としても高円宮日本教育・研究センターの一層の発展のために微力ながら最善を尽くす決意です。
(了)
文中のリンクは日加協会においてはったものです。
Alberta/アルバータ州
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