Column: オタワ便り NO.32 (2024年12月)
オタワ便り第32回12月和食まつり〜トロント日本コミュニティの底力
山野内在カナダ大使
はじめに
日加協会の皆様、日加関係を応援頂いている皆様、こんにちは。
実は、11月の最終週でも、オタワは未だ本格的な冬景色とは言えません。雪もほとんど降っていません。健康のために、毎朝、ウォーキングしてるので気温を気にしているんですが、氷点下まで下がったのは数日だけです。地球温暖化の時代を実感します。
それはさて置き、今月の「オタワ便り」は、11月11日にトロントで開催された第10回「和食まつり」についての報告です。
招待に応じるべきか否か、それが問題だった
皆様ご承知のとおり、カナダにとって11月11日の戦没者追悼式典は極めて重要な国民の祝日です。サイモン総督、トルドー首相以下、主要閣僚、カナダ軍幹部、軍楽隊が参加する荘厳な行事で、CBCが生中継で全国放送します。当然、オタワ在勤の各国大使・高等弁務官は招待されます。私も、昨年、一昨年と列席し、献花もしました。
その同じ11月11日に、トロントで「和食まつり」が開催され、招待されたのです。実は、今年の「和食まつり」は、新型コロナ感染症のパンデミック以降初めて、前回の2019年から5年ぶりの開催です。しかも、今年は「和食まつり」の主催者である「カナダ日本レストラン協会」の創設20周年です。駐カナダ日本大使としては、参加すべき案件であることに疑義はありません。
そこで、戦没者追悼式典と「和食まつり」の双方に出席することを検討しました。しかし、オタワからトロントへの移動時間等を考慮すると、どうしても無理でした。どちらか一方を選ばなければなりません。
ハムレット程ではありませんが、悩みました。そして、戦没者追悼式典は、丸山浩平特命全権公使に参加してもらい、私は、トロントに日帰り出張し「和食まつり」に出席することにしました。
そこで、「和食まつり」です。主催者である「カナダ日本レストラン協会」の来歴と共に、見て参りましょう。そこには、カナダにおいて、和食や日本食材、日本酒の普及に尽力されている関係者の使命感と努力の軌跡が鮮やかに刻まれています。

「和食まつり」メニュー・プログラム
写真ご提供:在カナダ日本国大使館
「カナダ日本レストラン協会」とトロントの和食の略史
遡れば、1980年代になると北米全体で日本食への関心が高まりました。日本の経済力が横溢し、エズラ・ヴォーゲルの「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」がベストセラーとなった頃のことです。以来、トロントでも和食は人気を博し、1990年代は、日本レストラン第1次ピークの時代と呼ばれる状況でした。郊外も含めれば、日本食レストランは約800軒あったと言われています。一方、その経営者の多くは日本人ではなく、日本食・生食の基礎教育を受けていない事業者でした。そんな状況で、日本人の経営者・料理人にしてみれば、1軒でも食中毒を出そうものなら、日本レストランへの甚大な悪影響は必至だという懸念が共有されていました。
ちょうどその頃、米国西海岸では寄生虫アニサキスの問題が深刻化し、鮮魚の冷凍化を義務付ける条例が成立しました。このインパクトは大きく、オンタリオ州政府も同様の法案を準備しました。冷凍物では和食の醍醐味は失われてしまいます。ここで、トロントの日本レストランの日本人経営者と日本人シェフが立ち上がるのです。和食に適した鮮度を維持するための保存・冷凍方法を説得力を持って提唱するための非営利団体を設立しました。それがカナダ日本レストラン協会(JRAC :Japan Restaurant Association of Canada)です。2004年のことです。JRACは、和食文化と伝統に立脚して食の安全を確保する具体的な方途を提唱し、2万人に及ぶ署名を集め、州政府と折衝しました。その結果、2005年には、法案は撤回されました。
そして、JRACは「和食文化と伝統の啓蒙・日本の農水産物と食材の振興」を理念とし、2005年にカナダ政府から認可されたのです。そのJRACの重要な活動の一つが「和食まつり」です。2011年以降、毎年開催し、年を追う毎に内容が充実し、規模も大きくなって行きました。2019年には、第9回を数え、愛媛県と連携し、同県産の鮮魚が振る舞われました。特に、耳目を引いたのが、愛媛産マグロの解体ショーでした。関係者の努力が着実な成果に結びついたのです。
しかし、翌2020年はパンデミックに見舞われます。取り分け、ホスピタリティ産業を直撃しました。多くの日本レストランの経営は圧迫されたのです。決して一筋縄では行かない大変な苦労があったと伺っていますが、関係者はパンデミックによる経営難を克服されます。
そして、トロントの日本レストランの底力を見せつけたのが、2022年9月13日です。カナダ初となる「ミシュラン・ガイド・トロント2022」が発表されたのです。ミシュラン星を獲得した13軒のうち5軒が日本レストランです。2024年9月の最新版でも唯一の2つ星レストランを含め、5軒が日本レストラン。トロントの、いや、カナダの食文化を担っているのが和食とも言えます。日本レストラン関係者の情熱と創意工夫と弛まぬ努力の賜物です。
5年ぶりの「和食まつり」2024
このような経緯を経て、パンデミック後初、5年ぶりに開催されたのが今年の「和食まつり」でした。
260人のゲストがトロントの日系文化会館(JCCC)に一同に会しました。1人320加ドルのチケットは完売で、午後5時の開場とともに、皆様が集まりました。メイン開場となったJCCC小林ホールの前のロービーでは、協賛企業・団体の試食ブース等が設けられていて、大変な賑わいでした。私も、木村重男JRAC会長に案内して頂いて、舞茸、白米・玄米、薩摩芋、日本茶、ウイスキーなどを試食・試飲しました。どれも大変に美味でした。

山野内大使による祝辞
写真ご提供:在カナダ日本国大使館
このイベントは日本食材を扱う多数の協賛企業や日本レストランが支援し、日本政府関係ではJETROやJNTOもサポートしています。今回は、長野県からJA全農長の関係者が多数来訪されて、積極的な販売促進をされている姿が印象的でした。メディアも、長野の地元メディアに加え、日本農業新聞、更には、トロントの日本語メディア「TORJA」が精力的に取材されていました。
夕食会に先立つ最大のアトラクションが、マグロ解体ショーでした。ハリファックス港で水揚げされた450ポンドの巨大な大西洋産マグロ。これを、JRACメンバーの鮮魚販売店の秋山太郎さんが鮮やかに捌きます。部位に応じて大小様々な包丁が使用される訳ですが、時に大胆に、時に繊細に、マグロが切り分けられて行きます。それは、まるでアート・パフォーマンスのようでした。その瞬間瞬間の状況に応じて、最適な包丁が最適な角度と力で使われるのです。動きに一切無駄がありません。周りは黒山の人集りでした。

マグロの解体技術を披露する職人
写真ご提供:在カナダ日本国大使館
引き続き、木村重男JRAC会長の挨拶です。木村会長は、1973年にトロントに移住され、Sasaya(笹屋)、Ginko(銀杏)などの日本レストランを経営。2004年のJRAC創設から会長を務められています。カナダにおける日本食文化の普及について功績が評価されて、令和2年度の外務大臣表彰も受賞されています。また、木村会長は、剣道七段でトロントとミシサガの道場で指導されていて、1991年の世界剣道大会では、カナダ・チームを日本・韓国に次ぐ3位に導いた剣道家でもあります。その木村会長の簡潔にして力強いメッセージは、輝かしい和食の未来を確信させるものでした。
和食フルコース
いよいよ、和食フルコースの始まりです。
そもそも、味を言葉にすることは出来ません。それでも、「和食まつり」の核心である8皿のフルコースの素晴らしさは、次の通り具体的なメニューを記すことで伝わればと思います。
① 前菜:鯛の昆布締め(柿とほうれん草白和)、帆立と北寄貝 黄味酢掛け、合鴨ロース、焼き茄子
② 刺身:鯛 湯引き、ヒラマサ、キングサーモン、蛸
③ 焼き物:鰤 唐草焼き(丸十レモン煮、酢取り茗荷)
④ 煮物:大根大名蒸し 菊花飴(海老、鶏、鰤、椎茸、三つ葉)
⑤ 強肴:和牛ローストビーフ ジャポネソース (秋茄子、里芋田楽、パプリカ甘酢漬け、松葉そば、将軍舞茸)
⑥ ちらし:鮪、日本産うに、いくら
⑦ 寿司:とろ、赤身、ぶり、オーシャントラウト、鯛
⑧ 甘味:練り切り、みかんムース、抹茶どら焼き
完璧な準備
ここで、強調したいことがあります。それは、関係者の誠心誠意の準備です。何事に依らず、大きな成果をもたらすものは、準備です。米国の外交問題評議会の重鎮によれば、5Pです。即ち、Perfect Preparation Prevents Poor Performance です。
今般の「和食まつり」は、正に、完全なる準備のお手本です。まず、具体的な準備は半年前から始まりました。ミシュラン星を獲得したシェフを筆頭に腕に覚えがある一国一城の主人であり職人にしてアーティストである和食料理人60人結集します。260人のゲストに最高の和食を堪能してもらうのです。様々なアイデアがあったそうです。が、段取りや食材の仕入れ、サーブのタイミング等々を熟考して、上述のメニューが出来上がります。60人の料理人の役割分担も決まります。そして、絶品料理が出来上がるのです。
しかし、最も重要なのは、それぞれの料理が最高のタイミングで260人のゲストに的確にサーブされることです。早過ぎても遅過ぎても駄目です。そこで60人のウェイター・ウェイトレスがトロント中の日本レストランから結集します。料理の出来上がるタイミングとゲストの食べる様子を見極め、動線を確認して、サーブし、皿を下げなければなりません。自分の動きだけでなく、料理人、ゲスト更に、他のサーバーの動きを頭に入れて動くのです。入念な打ち合わせとリハーサルが行われたのだと、木村会長から伺いました。
「和食まつり」は、60人の料理人と60人のサーバーの心技体が一つになった素晴らしい作品であったと実感します。

寿司職人による握りの実演
写真ご提供:在カナダ日本国大使館
結語
和食は、美味しいだけでなく、日本社会文化に根差し、栄養バランスが良く、自然と共生し持続可能性にも配慮されています。これらの諸点が評価され、2013年12月4日に、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。以後、和食の評価は世界的に高まり、単なるブームではなく、国際社会の食文化の主流になっています。
この関連で、最近知った和食トリビアを皆様と共有したいと思います。時は、1970年8月26日(水)、ニューヨークはグリニッジ・ヴィレッジです。この日、伝説のギタリスト、ジミ・ヘンドリックスが建てた音楽録音スタジオ「エレクトリック・レディ・スタジオ」のオープニング・パーティーが行われました。世界最先端のポップ・カルチャーを牽引するジミヘンの主催です。多数の音楽家・芸術家・学術関係者、メディア等が集まりました。そのパーティーで振舞われたのがケータリングの和食だったのです。最近、リリースされたエレクトリック・レディ・スタジオに関するDVDで、そのスタジオの技術主任であった伝説のエンジニア、エディ・クレーマーが当日を懐かしく振り返って語っています。今から54年前、時代の最先端を疾走していたジミヘン達が愛したのが当時はまだ珍しかった和食だったのです。
今は、世界中、誰もが和食を愛しています。料理・食事には、人柄も国柄も出ます。そんな和食は、我が国の外交の強力な武器でもあります。
トロントの「和食まつり」のお招き頂き、和食を通じてカナダとの友好親善協力関係を深めたいとの思いを新たなにした次第です。
(了)
文中のリンクは日加協会においてはったものです。
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