Column: オタワ便り NO.46 (2026年2月)
安全保障分野での協力の進展
山野内在カナダ大使
日加協会の皆様、日加関係を応援頂いている皆様、こんにちは。
はじめに
早いもので、2026年も如月です。2022年5月にオタワに着任してから4度目の冬です。私にとっては、これまでで一番寒い冬です。時には、体感温度が氷点下40度近くまで下がることもあります。昨年までの暖冬といっても過言ではない冬とは全く別です。特に、2022〜23年の冬は、氷の厚さが足りずリドー運河の天然スケートリンクが史上初めて開かれず、地球温暖化を実感しました。しかし、今年の冬は、オタワが世界で最も寒い首都の一つという“実力”を遺憾なく示しています。
さて、今回の「オタワ便り」は、日本とカナダの安全保障分野での協力の進展について記したいと思います。
日本とカナダをとりまく現下の国際情勢は極めて厳しく、不確実性に直面しています。ウクライナ侵攻から4年にならんとする一方、2026年の年明け早々には、米国によるベネズエラへの軍事行動が衝撃を与えました。グリーンランドを巡るトランプ大統領の発言も北極情勢の緊迫化を反映しています。
また、ダボス会議に於いて、カーニー首相は、ルールに基づく国際秩序が断絶している旨述べ、ミドルパワー諸国の役割を指摘。異例のスタンディング・オベーションを受けたのは記憶に新しいところです。実は、この演説を巡っては、対米関係、或いは国際場裡での中国の言動に鑑みれば、ナイーブ過ぎるとの論評もあります。カーニー政権は、過度な対米依存を脱却すべく、貿易の多角化を目指しているところですが、CUSMA(加米墨自由貿易協定)のレビューを控え、今後の帰趨が注目されます。
ここで、話を安全保障面での協力の進展に戻します。
自由で開かれたインド太平洋
日加両国は、自由・民主主義・人権といった基本的価値を信奉し、「自由で開かれたインド太平洋」というヴィジョンを共有しています。2022年10月には、外相レベルで「自由で開かれたインド太平洋に資する日加アクションプラン」に合意しました。このアクションプランは6分野から成るものです。ビジネス面での日加関係の進化は顕著ですが、実は安全保障面でも両国の協力は着実に深化しています。
さて、政治・外交において、言葉はその核心にあります。国際条約・協定は、法の支配の根幹です。現状を描写し、未来を語る言葉は、時代を動かす力になり得ます。勿論、安全保障においても言葉は重要です。戦略を伝える言葉には千金の重みがあります。が、国際社会の現実は、言葉だけで安全保障が達成されるほど甘くはありません。言葉を裏付ける行動こそが核心です。
その意味で、正に日加アクションプランは、言葉と行動を結合させたもので、両国が掲げた措置が着実に実行されています。例えば、日加両国は、国連安保理決議に基づく北朝鮮による「瀬取り」監視に協力しています。この関連で、カナダ海軍は、太平洋側に5隻のフリゲート艦を保有していますが、そのうち2隻を同時期に日本周辺海域に派遣しています。海軍アセットの運用の観点からは、通常任務・修理保全・訓練・緊急事態対応が必要ですから、2隻の派遣は、インド太平洋地域へのコミットメントを明確に示すものです。
防衛装備品・技術移転協定(ETTA)
本年1月27日、オタワの国防省本部で日加防衛装備品・技術移転協定(ETTA)の署名式が行われたのです。カナダ側はマクギンティ国防大臣、日本側は私が署名しました。協定本文は英語、フランス語、日本語の3言語で記述されています。英仏の2言語を公用語とすると定めているカナダの国情がここにも皆見えます。因みに、安保関係者の間では、ETTAと云えば通じるのですが、Defense Equipment and Technology Transfer Agreementの頭文字をとった略称です。
日加ETTAは、日加両国の企業が防衛装備品と関連する技術の移転や共同開発を進めやすくする法的な基盤を提供する日加政府間の枠組み協定です。従来、防衛分野の装備品や技術に関しては、1967年の佐藤栄作総理の国会答弁に基づく武器輸出禁止三原則や三木武夫政権時代の政府統一見解がありました。その後、冷戦が終結。21世紀になるとポスト冷戦後の国際情勢も劇的に変化しました。2006年6月、小泉純一郎政権の時に、米国との武器及び武器技術の供与取極を結びました。そして、2014年、安倍政権時代の防衛装備品移転三原則を定めました。以来、日本は豪、英、仏、印、独、伊等に続き、今般、カナダの間でETTAに署名した訳です。
実は、日本とカナダの間では、2019年に物品役務相互提供協定(ACSA: Acquisition and Cross-Servicing Agreement)が発効。更に、2025年7月に署名された情報保護協定(GSOIA: General Security of Information Agreement)が本年1月をもって発効しました。今般のETTA署名により、安全保障分野での日本とカナダの協力拡大に向けた法的な基盤の整備が進んでいます。
そして、ETTA署名を受けて、今後、日加防衛装備当局の実務担当者の間での協議が活発化し、日加間での防衛装備品に関するサプライチェーンの構築について検討が進むことも期待されています。特に、ETTAの対象は、主に大企業が取り扱う大型プラットフォームのみならず、中小・中堅企業が取り扱う構成品や部品といった幅広い裾野にまで及びます。同時に、日加間のみならず、ETTAを締結している他の同盟国・同志国を含む複合的なサプライチェーンも将来的には視野に入って来ます。
日加防衛装備品・技術移転協定(ETTA)署名式
写真提供: 在カナダ日本大使館
共同演習の進展
さて、共同訓練は安全保障面での協力の極めて具体的な行動と言えます。特に、近年は、「自由で開かれたインド・太平洋」の実現に向けて、自衛隊とカナダ軍の共同訓練は質量ともに拡大してきています。
〈KAEDEX〉
日加共同訓練の名称KAEDEX(カエデックス)は、カナダ国旗の中心にありカナダを象徴メイプルから発想を得て日本語の楓(カエデ)と訓練を意味するEX(excise)と合体させた造語です。日加友好親善と協力関係の一層の深化を企図して名付けられました。2017年以降、海上自衛隊とカナダ海軍が緊密に連携して行なっています。
2025年は、11月15(土)から11月17日(月)まで、護衛艦「まや」と哨戒艦「マックス・バーネイズ」が参加。東シナ海から関東南方に於いて、対空戦を含む各種の戦術訓練や戦術運動等の共同訓練を実施しました。KAEDEXを通じて、海上自衛隊とカナダ海軍の戦術技量の向上と連携の強化が進んでいます。
KADEX
出典: 防衛省
〈North Wind〉
2026年1月22日(木)から2月2日(月)に、陸上自衛隊と米陸軍が参加し、北海道の厳寒環境下で実動訓練「North Wind」が行われました。積雪地域における行動能力、相互連携要領と相互運用性の向上が企図されています。特筆すべきは、今回、初めてカナダ陸軍が部隊単位で共同演習に参加したことです。
因みに、カナダ陸軍は、米軍の一部としての参加ではありました。が、カナダの国防政策における北極域の重要性と米加連携の推進の観点からも極めて意義深いと思います。
〈RIMPAC〉
リムパック(環太平洋合同演習)は、1971年以降、米海軍が主催し、ハワイ周辺海域で29カ国以上が参加する世界最大規模の国際海洋軍事演習です。海上自衛隊とカナダ海軍も参加しています。対潜哨戒、対潜戦、防空、洋上補給、指揮統制等の訓練を通じて、共同対応能力・相互運用性そして信頼関係の向上に努めています。
〈Noble Raven〉
日米加の3カ国が南シナ海で行なっている共同訓練がノーブル・レイブンです。2023年6月には、護衛艦「いずも」、米海軍駆逐艦「ラファエル・ペラルタ」、カナダ海軍フリゲート「モントリオール」が参加。対水上戦や対潜戦等の戦術訓練に加え、洋上補給訓練が行われています。
Noble Raven
出典: 防衛省
〈F15戦闘機部隊のカナダ訪問〉
また、2025年9月17日には、航空自衛隊201飛行隊(千歳基地)所属のF-15戦闘機4機が大西洋岸ニューファンドランド・ラブラドール州グースベイ基地に到着しました。共同訓練は行わず、防衛協力・交流の推進を目的としたものですが、空自史上初めての戦闘機のカナダへの展開です。インド太平洋と大西洋・欧州の安全保障は不可分であり、相互に連関している認識の下で行われたものです。F-15はその後英国へ展開しました。
F15戦闘機部隊のカナダ訪問
出典: 防衛省
新たな分野における協力
日本とカナダの安全保障面での協力に関しては、極めて厳しい21世紀の地政学的現実を踏まえ、新たな4分野に注目したいと思います。
〈北極圏〉
地球温暖化の進展によって北極圏の氷が急速に融解しています。それによって、北極圏は、安全保障・経済・環境・国際協力といった多様な面で劇的に変化しています。カナダにとっては、北極圏の主権を守る観点から極めて重要です。この観点からは、カナダ軍が主催する「ナヌーク作戦」が注目されます。2007年以降、毎年開催されています。北極圏に位置するユーコン準州、ノースウエスト準州、ヌナブト準州そしてニューファンドランド・ラブラドール州にまたがる広範囲での訓練です。カナダ軍に加え、米軍、デンマーク軍(グリーランドを含む)等が参加。自衛隊も2023年からオブザーバー参加しています。
〈宇宙〉
現代の科学技術の発展は、従来の陸海空を超えて宇宙における安全保障を不可欠なものとしております。従って、政策・運用・体制・法整備等について議論を深め国際連携が待ったなしの状況です。そこで、2014年には米英豪加の4カ国でCSpO(Combined Space Operations Initiative:連合宇宙作戦イニシアチブ)が開始されました。そして、日本は2023年から参加しています。
この関連で、多国間で宇宙における多様な状況に対応するための机上演習「シュリーバー演習」や「グローバル・センチネル」があり、日本もカナダも参加しています。カナダ空軍宇宙部隊と航空自衛隊・宇宙作戦群の交流も深まっています。
〈サイバー〉
デジタル技術が極めて重要な社会インフラとなっている現在、サイバー・セキュリティーは喫緊の課題です。サイバー領域における日加間の連携も深化しております。自衛隊サイバー防衛隊とカナダ軍サイバー司令部は共同サイバー防衛演習「マサカリ」を実施。今後、一層の連携強化が期待されています。
〈偽情報〉
上述のとおり、日加間では本年1月に情報保護協定が発効した訳ですが、この協定を軸に、安全保障関連の情報共有が急速に進展しているところです。ここには、偽情報対策も含まれています。
カナダにおいては、中国、ロシア、イラン、インドの関与している情報工作が深刻化していると言われています。中国に関しては、カナダの連邦議会議員や州議会議員への影響工作を含め選挙干渉が報告されています。ロシアについては、民主主義への不信や社会の分断を企図したナラティブがカナダ国内で拡散されています。これらの情報操作に対処すべくカナダでは新規立法を含め政府全体で取り組むと同時に、市民社会の取り組みも強化されています。
また、カナダには、G7が共同で偽情報に対処するG7 迅速対応メカニズム(RRM:Rapid Response Mechanism )事務局が置かれています。これは、2018年のG7シャルルボア・サミットにおいて、偽情報・外国による干渉は民主主義に対する安全保障上の脅威であるとの認識で一致したことの成果です。
日本においても、偽情報対策の必要性が強く認識され始めており、国際協力の重要性が指摘されています。日加間で専門家の交流をはじめ連携が進みつつあります。
結語
冒頭に述べた日加ETTAの署名の後で、私はマクギンティ国防大臣と約1時間にわたって会談しました。国防大臣からは、厳しい国際情勢の下、国防費・人員・装備等の国防体制の改革を断行している点について詳しい説明を頂戴しました。北極圏を含め北米大陸を最先端技術をもって防衛する「ゴールデンドーム」にも言及しつつ、米国との揺るぎない相互信頼関係を強調されました。経済面では対米関係は緊張しているものの、安全保障ではNORADと NATO両面でカナダは米国との協力関係強化にコミットメントしている姿勢が極めて印象的でした
山野内大使とマクギンティ加国防大臣との会談
出典: 在カナダ日本大使館
日加両国は共に米国との同盟を重視しています。その上で、ルールに基づく国際秩序の推進や多国間国際システムに積極的に関与しています。21世紀の地政学的な現実を見据え、日本とカナダは、安全保障面での協力を深めています。
今や、最先端技術は経済面のみならず国家安全保障をも規定する要因です。特に、カナダは、AI、量子等の先端技術に優れています。必要に応じて学術・民間企業の関与も得つつ、デュアルユースを含む最先端技術・情報について日加間で緊密な連携が進むことを期待します。
(了)
文中のリンクは日加協会においてはったものです。