日本語弁論大会〜オタワ日本語学校の50年

山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、日本とカナダの友好関係の発展を応援して頂いている皆様、こんにちは。

はじめに

私事で恐縮ですが、私がオタワに着任して4年が過ぎました。オタワ流の言い方では、“冬を4回生き延びた”と申すべきかもしれません。4年の歳月は、あっという間のようでもあり、濃厚な時間にも感じます。特に、現下の厳しい国際情勢の下で日本とカナダの関係が格段に深化していることを実感しています。その文脈では、政治・安全保障、経済・ビジネス関連の仕事が多い訳です。が、実は、日加間の人と人の交流、文化交流が非常に濃密なのです。

例えば、先日も「アニメ・オタワ」という文化イベントが開催されました。3日間で1万2,000人以上が集まり、コスプレに身を包み満面の笑みを浮かべた参加者の姿は極めて印象的でした。実は、NY在勤時代には「アニメNYC」という同種のイベントもありました。3日間で約5万人の参集です。単純な比較は出来ませんが、オタワとNYの人口を考えれば、「アニメ・オタワ」のインパクトは非常に大きいと言えます。アニメと言えば、ほぼ日本のアニメですから、日本文化がカナダ社会に浸透している好例です。そして、アニメ等の現代的なポップ・カルチャーのみならず、生花・盆栽・茶といった伝統的な文化、更に食文化まで多様で多彩なカナダ人を魅了しています。もはや、日本文化はブームでも一過性のものでもなく、カナダ社会の不可分の一部になっていると言っても過言ではないと思います。

アニメ・オタワ

写真提供: 在カナダ日本国大使館

そして、文化の核には言語があります。カナダ憲法で、英語とフランス語が公用語と規定されていますが、多文化主義の移民国家ですから、英仏以外にも実に多くの言語が話されているのがカナダです。バイリンガルは普通で、トリリンガル、クアトロリンガルなカナダ人も珍しくありません。そんな中、日本語を通じた日本文化の普及に取り組んでこられたのが オタワ日本語学校(OJLS:Ottawa Japanese Language School)です。

という訳で、今回の「オタワ便り」は、創立50周年という節目を迎えたオタワ日本語学校についてです。

創世記〜OJLS版

「50周年」と発音するのには1秒程度しかかかりません。しかし、50年は一人の人生の長さに匹敵します。織田信長は「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」と謡い舞って桶狭間に臨みました。OJLSの50年も山あり谷ありの実り大きい旅路です。

1976年、OJLSはオタワ市内で最初に日本語教育を始めた学校です。日本人の父兄により創設されました。創設直後に日本語教師となり後に長年校長も務められた竹昭子先生から伺った、非常に印象に残っている話があります。

竹村先生は「日本語は単に言語というだけではなく、日本の文化や日本人の人格・歴史・伝統・礼儀・誇りをも体現した貴重な財産です」と仰います。

OJLS設立前夜の1975年頃です。第二次世界大戦中の日系カナダ人強制収容問題は未だ解決しておらず、リドレス運動が本格化する以前のこと。当時は、敢えて、日本語を話さない日系人も少なくなかったと伺いました。戦前に起因するセンシティブな思いを抱えた世代もあったといいます。「そんな思いを乗り越えて、日本人であれ日系カナダ人であれ、胸を張って日本の伝統・文化を語り、日本語で話しが出来るようにするために、日本語学校が必要だったのです」と淡々と語る竹村先生の姿には、オタワの日系コミュニティーを支えて来られた熱い思いが溢れていました。

考えてみれば、第二次世界大戦中の非道な措置に正義をもたらすリドレス運動が本格化するのは1977年です。初代日系移民の永野万蔵の移住百周年が大きなきっかけでした。OJLSは、リドレス運動を先取る形で、日本語の学舎としてオタワの日系コミュニティーの主要なサポーターとなったのです。

子供から大人まで

OJLSは、多くの関係者の尽力、日本の経済発展、日加関係の進展、日本文化への関心増大が相まって、発展してきました。大きな特色は、日本語を学びたいということであれば、特に条件を課すことなく誰でも入学できる開放性です。

幼児・児童部に約85名、中高等部に約30名、成人クラスに約150名が在籍しています。日本語のレベル等を勘案して、13クラスに分かれています。

実は、OJLSは自前の校舎を有していません。公立の教育機関の校舎を借りて、毎週土曜日に午前9時30分から午後2時まで授業が行われています。

昨今の日本文化への関心の高まりもあって、受講希望者は増えていますが、教室や教員の十分な確保が追いついていないのが実情だと伺いました。

独立独歩の矜持

OJLSの50年の歩みは、正に照る日もあれば降る日もありました。昨年、OJLSの小林佳文子校長と竹村前校長、そしてブラック英子理事会理事を昼食に機会を頂いて、苦労話を含め色々なお話を伺いました。その中で、非常に感銘を受けた逸話を共有させて頂きます。

1990年代に入ってからのことですが、余り学生が集まらず、経営難に陥った時期があったそうです。日本語教師の給与も下げざるを得なかった状況から抜け出すべく、OJLSはオタワ教育委員会(OBE:Ottawa Board of Education )傘下に入ったそうです。OBE傘下に入ったことで、日本語教師への給与も十分な額が支払われ、校舎も提供される等のメリットがあり、経営面では一息つけたといいます。しかし、何処も同じで、お金を出せば口も出します。OBEの様々な規則の遵守が求められたのです。カリキュラムや雇用のあり方にも細か注文が付いたそうです。例えば、日本語がネイティブではないものの日本語を解する場合にはカナダ人を雇用するといった優遇措置等です。その場合、OJLSが信じる真の日本語教育を維持することは難しくなります。

経営の安定か、高水準の日本語教育か。両立出来ればそれが一番ですが、現実的には二者択一です。OJLSは、結局、OBE傘下から離脱しました。苦渋の決断であったと思います。経営よりも教育の質を選んだのです。独立独歩の矜持に喝采を送りたいと思います。

その関連で一点。オタワを含め、現在はカナダの主要都市で不動産価格が高騰しています。一時期に比べれば緩和したとは言え、校舎となり得る物件は、所有であれレンタルであれ非常に高価です。そんな中、日本語教育の質の維持・強化に取り組んでいらっしゃるOJLSへの応援を呼びかけたいと思います。

創立50周年式典

OJLSの1976年の創立から50年という節目、2025年10月4日に記念祝賀式典が大使公邸で開催されました。OJLSの小林校長、理事会メンバー、日本語教師、支援団体、OJLS生徒、カナダ外務省関係者が週末にもかかわらず、祝賀に駆けつけてくれました。私も心からの祝辞を述べさせて頂きました。小林校長のスピーチには目頭が熱くなりました。

OJLS創立50周年記念祝賀式典における松井校長

写真提供: 在カナダ日本国大使館

式典のハイライトは、マーク・サトクリフ・オタワ市長からの祝賀メッセージです。多文化主義のカナダの首都オタワにあって、日本語を通じた多様性と包摂性の実践が高く評価された証です。日本コミュニティーのみならず、オタワの地域コミュニティー全体に対する貢献の賜物と言えるでしょう。式典のハイライトは、マーク・サトクリフ・オタワ市長からの祝賀メッセージです。多文化主義のカナダの首都オタワにあって、日本語を通じた多様性と包摂性の実践が高く評価された証です。日本コミュニティーのみならず、オタワの地域コミュニティー全体に対する貢献の賜物と言えるでしょう。

実は、もう一つのハイライトがありました。公邸の前庭での「ソーラン節」です。OJLSの生徒(子供から大人まで)が、晩秋の青空の下、和太鼓の生演奏と現代ポップにアレンジされた「ソーラン節」に合わせて踊ってくれたのです。正に、OJLSが旨とする日本語を通して日本文化を学ぶ姿でした。

OJLS創立50周年記念祝賀式典におけるOJLS関係者

写真提供: 在カナダ日本国大使館

日本語学校弁論大会

2026年4月11日には、今回で6回目となるオタワ日本語学校弁論大会(Ottawa Japanese Language School Speech Contest)が行われました。私は、残念で仕方がなかったのですが、所要で参加できず、石井臨時代理大使に出席をお願いしました。素晴らしい祝意を述べてくれました。

この弁論大会は、OJLSで日本語を学ぶ生徒それぞれの日本語レベルに応じて、3つのカテゴリー別に行われました。日本語(初級)が16名、日本語(中・上級)が11名、継承語が8名で、合計35名が名を連ねました。日本語の上手さ、正確さと弁論の内容とを競い合いました。

継承語はHeritage Language の訳語です。若干の解説をすれば、前述のとおり、カナダ人にとって公用語は英仏語ですが、日系カナダ人が日本語を学ぶということは、単なる外国ではなく文化・伝統・民族を引き継ぐという意味があります。

グランプリに当たる特別賞は、日本語部門・初級のワン・ユアンさんの『日本で通じない英語』でした。「マンション」や「サービス」といった和製英語とカナダ英語のニュアンスの差を論じて、審査員を唸らせたそうです。

第6回OJLS弁論大会で特別賞を受賞したワン・ユアンさん (左側)

写真提供: 在カナダ日本国大使館

弁論大会参加者の皆様は本当に甲乙つけ難かったそうです。参加した当館館員の報告によれば、中・上級で圧倒的に上手かったのは、モラシス・ガブリエルさんで、声の大きさ、発音、日本語の組み立て、ジェスチャーが抜群だったといいます。実は、オタワのメキシコ大使館のガブリエル次席公使のご子息だそうです。外交官仲間としては嬉しい限りです。

第6回OJLS弁論大会中・上級部門入賞者 (左端がモラシス・ガブリエルさん)

写真提供: 在カナダ日本国大使館

結語

アレクシ・ド・トクヴィルは1835年出版の名著『アメリカのデモクラシー』第一巻第1部第2章で、言語の絆は、おそらく、人を結びつける最も強力で最も永続的な絆である旨述べています。

ほぼ200年前の観察ですから、最先端技術による翻訳や通訳の利便性を享受する現代とは趣を異にする面はあるものの、さすがトクヴィル、人間社会の本質を突いていると思います。

多文化・多言語のカナダにおいて、日本語は政府首脳レベルから草の根レベルに至るまで、日加関係を発展させる極めて強力なツールです。本年3月のカーニー首相訪日の際の共同記者会見で、同首相が冒頭発言の一部を日本語で述べたことは記憶に新しいです。

しかも、現下の経済・ビジネス関係を考えれば、カナダ人が日本語を学ぶ実利的な意味も大きいです。更に、ポップ・カルチャーから伝統文化・食文化、更に日本に関する知的好奇心の高まりを反映しています。カナダにおける日本語学習の大きな潜在力を実感します。

OJLS創設から50周年。OJLSの来し方を思う時、今後は更に大きな役割を果たし得ると思います。大使館として出来るだけサポートする所存です。そして、皆様からも寛大な支援をお願いしたいと思います。

OJLSの次の50年が一層明るく輝かしいものになると確信しています。

(了)

文中のリンクは日加協会においてはったものです。

Ottawa/オタワ