Column: 新オタワ便り NO.1回 (2026年9月)
新オタワ便り 第1回
中込在カナダ大使
日加協会のみなさま、はじめまして。山野内大使の後任として駐カナダ大使に就任しました中込です。今回から「オタワ便り」を執筆させていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします。
9月1日の夜にオタワに到着してから、早いもので、あっという間に一月が過ぎました。
オタワに到着して、まず強い印象を受けたのは、その美しい自然です。木々の緑、すがすがしい風、そして街の中心を流れるオタワ川とリドー運河。ロッククリフ・パークの森を散策すると、リスや七面鳥にも出会えます。これからオタワは本格的な紅葉の季節を迎えます。カナダの秋は短く、すぐに長い冬が訪れると聞いていますが、その前にオタワの美しい秋を存分に楽しみたいと思っています。
9月15日には、信任状を捧呈し、正式に大使としての職務を開始しました。カナダ政府の要人、経済界の方々、学術・文化関係の方々、日系人のみなさん、在留邦人のみなさんなど、多くの方々にお会いし、着任のご挨拶をする日々を過ごしています。
中込大使とカナダ総督
写真出典:Photo credit: Ms. Anne-Marie Brisson, Rideau Hall © OSGG, 2026
そうした中、あるカナダの要人から聞いた言葉が、とても印象に残りました。「オタワにいると、どうしても忘れがちになりますが、カナダは、日本と同様、太平洋国家でもあります。」
カナダは、かつて英国、フランスの植民地であった歴史を持ち、現在もチャールズ三世国王を国家元首としており、カナダと欧州との結びつきは非常に深いものがあります。最近では、カーニー首相がストラスブールの欧州議会を訪問した際、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長がカナダのEU「準加盟」に言及し、大きな反響を呼びました。(カーニー首相自身は、「準加盟」というよりも「未来に向けた同盟(alliance for the future)」という表現を好んで使っているように思います。)9月20日には、カーニー首相とフランスのマクロン大統領が、カナダのニューファンドランド島のすぐ南に位置するフランス海外領土、サンピエール・ミクロン島で会談するという一幕もありました。
こうした「欧州接近」のニュースが目立つ中で、時として忘れられがちですが、カナダは同時に太平洋国家でもあります。西海岸のブリティッシュ・コロンビア州は、歴史的にも、また貿易・投資など経済面でも、インド太平洋地域と深い関係を持っています。カナダ政府は2022年に「インド太平洋戦略」を発表し、北朝鮮による制裁回避の活動「瀬取り」を監視する活動にも艦船や航空機を派遣しています。そして、カナダは日本とともに、環太平洋の自由貿易枠組みであるCPTPPのメンバーでもあります。
ともにインド太平洋国家である日本とカナダの関係は、政治、経済、安全保障、文化など幅広い分野で発展してきました。本年3月のカーニー首相の訪日の際には、両国関係は「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げされました。
カーニー首相
写真出典:The Blobe and Mail
ちなみに、2025年のカナダの物品貿易統計によれば、日本は米国、中国、メキシコ、英国に次ぐカナダ第5位の貿易相手国で、貿易額は約357億加ドルです。カナダにとっての日本、そしてアジアの重要性を示しています。
一方、EUを一つの主体として見ると、EUは約1,340億加ドルで、カナダにとって米国に次ぐ第2位の貿易相手となります。EU全体を見るとカナダの欧州との関係が重要であることがわかります。
しかし、米国との貿易額はEUとの貿易額の約7倍にも当たる約9,260億加ドルで、文字どおり桁違いです。米国とカナダの大変深い関係を示しています。
このカナダと米国の関係がどうなるかが、現在カナダで最もホットな話題です。「オタワ便り」でも、この問題を避けて通るわけにはいきません。
私が当地に着任する直前の8月下旬、カナダと米国の通商交渉は一時、合意が近づいたかに見えました。しかし、結局、交渉はまとまらず、米国は8月22日、約276億加ドル相当のカナダ製品に50%の追加関税を発動しました。これに対しカナダも、9月8日から同額規模の米国製品を対象に15%、25%または50%の対抗関税を発動しました。その後も米国側は追加措置を発表しており、米加間の貿易紛争は続いています。
今後、この貿易紛争がどのように展開するのか、近い将来に何らかの妥協点を見いだすことができるのかは、この原稿を書いている時点では見通せません。
私の立場から言えることは、カナダに投資する多くの日本企業にとって、「統合された北米市場」は極めて重要だということです。そのため、私は、面会するカナダ政府の高官に対し、加米両国の間で早期に解決策が見いだされることへの期待を伝えています。
さて今回は、このカナダの対米アプローチを、私がこの8月まで勤務していたウクライナの対米アプローチと比較しながら、少し考えてみたいと思います。
もちろん、カナダとウクライナでは、地政学的な環境も、安全保障上の置かれた状況も全く異なります。単純な比較はできません。
しかし、一つ興味深い共通点があります。それは、両国とも米国と深い関係を持ちながら、現在、その米国との関係に難しい課題を抱えているということです。
ウクライナは、バイデン政権の対ウクライナ政策を厳しく批判してきたトランプ大統領の就任によって、米国との関係を事実上、ゼロから構築し直す必要が生じました。2025年2月、ゼレンスキー大統領とトランプ大統領がホワイトハウスで初めて会談した際、首脳会談がメディアの目の前での激しい応酬となる異例の事態になったことは、皆さんもご記憶かと思います。それ以来、ウクライナは米国との関係の維持に腐心してきました。
ゼレンスキー大統領
写真出典:The New York Times
ウクライナには、米国がウクライナへの関与を大幅に縮小することへの強い危機感があります。そのため、欧州などにより大きな負担を担ってもらう一方で、米国にとってウクライナへの関与を継続する意義を高めようとしてきました。
これに対してカナダは米国への依存を減らすことを目指しています。カーニー政権の政策を端的に表す言葉の一つが、「国内の力を強化し、海外とのパートナーシップを多様化する(building strength at home and diversifying partnerships abroad)」というものです。先ほど触れたEUとの関係強化も、海外とのパートナーシップを広げ、特定の国への依存を減らしながら、カナダの繁栄を築こうとする取り組みの一環と見ることができます。
このように、ウクライナは「米国をつなぎとめよう」とし、カナダは「米国への依存を減らそう」としています。一見すると、正反対の戦略です。しかし、私は、両国の取り組みには意外に多くの共通点があるように思います。
そのキーワードが、自律性と強靱性の強化です。つまり、ウクライナもカナダも、自国の能力を高め、外国への依存を減らし、自国を強化しようとしている点では共通しています。
その上で、ウクライナは自らを強くし、自国の戦略的価値を高めることで米国を含むパートナーとの関係を維持・強化しようとしています。他方、カナダは自らを強くすると同時にパートナーを多様化することで、米国への過度な依存を減らそうとしています。目指す対米関係の方向性は違っても、そのための国内の取り組みには共通する点が多いのです。
まず、ウクライナを見てみましょう。
ウクライナはこの4年半の間に、自国の防衛生産能力と技術力を飛躍的に高め、外国兵器への依存を大きく低減させました。現在、ウクライナ軍が使用する兵器の過半は自国産となっています。外国製兵器への依存を減らすことで、必要な兵器を必要な時に入手することができるようにしています。また、外国兵器への依存を低減させることで、ウクライナが長く悩まされてきた外国から供与された兵器の使用に伴う制約に悩まされなくなることを目指しているのです。つまり、国内防衛産業の強化は、ウクライナの自律性と強靱性の強化につながっているのです。
さらに、そこで培われた技術力をウクライナは外交上の「カード」として使用しています。厳しい戦争の中で急速に発達したウクライナの無人機をはじめとする防衛技術は、今や国際的にも注目されています。欧州や中東の国々が相次いでウクライナとの防衛・安全保障協力を強化する枠組み(「ドローン・ディール」とウクライナは呼称しています。)を結んでおり、米国でもウクライナの無人機などの技術への関心が高まっています。
つまり、自国の能力を高め、外国への依存を減らし、自国を強化したことが、他国から見たウクライナの価値を高め、自らの線略的価値を高めているのです。
では、カナダはどうでしょうか。
まず重要なのは、カナダが米国との関係を断ち切ろうとしているわけではないということです。9,000キロ近い陸上国境を共有し、経済が深く統合された米国との関係を切り離すことは現実的ではないと私は思います。カーニー首相自身、最近のニューヨーク・タイムズ紙へのインタビューで自動車産業を例に、北米のサプライチェーンはあまりに深く結びついており、これを単純に切り離すことはできないとの認識を示しています。
自動車だけではありません。肥料を含む農業、エネルギーをはじめ、多くの分野で米加両国の経済は深く結びついています。
したがって、カナダ政府が目指しているのは「米国との関係をなくすこと」ではなく、米国との深い関係は前提としつつも、米国に過度に依存しない国をつくることを目指していると考えるべきでしょう。
エネルギーはその好例です。
アルバータ州で産出される原油は、歴史的にそのほとんどがパイプラインを通じて米国市場に向かって輸出されてきました。しかし、2024年にアルバータ州のエドモントンからブリティッシュ・コロンビア州のバーナビーまで繋ぐトランスマウンテンパイプラインの拡張プロジェクトが完了したことで、原油の輸送量が大きく拡大し、米国への輸出は輸出全体の85−90%程度にまで低下しています。さらに、カーニー首相はアルバータ州とともに、日産100万バレルの原油を西海岸まで輸送するパイプライン(西海岸原油パイプライン)を建設して、アジア諸国への原油輸出をさらに拡大しようとしています。
(なお、ブリティッシュ・コロンビア州で三菱商事も出資参画するLNGカナダが操業する大型LNG事業について、この原稿の締切直前、9月29日に、LNGカナダは、液化設備の拡張計画について最終投資決定を行った旨を発表しました。今回の拡張によりLNGの生産能力が年間1400万トンから2800万トンに増加するという、日本にも関係する重要な決定ですが、紙幅の関係で、これについてはまた別の機会に触れたいと思います。)
こうした国家規模のプロジェクトを推進するための重要な取り組みの一つが、カーニー政権が昨年成立させた「Building Canada Act」であり、同政権が先日9月21日に議会に新たに提出した「Building Canada Strong Bill」です。
カナダは豊富な天然資源を持ちながら、大規模プロジェクトの承認手続きが複雑で、実現までに長い時間がかかることが長年の課題とされてきました。昨年成立した「Building Canada Act」は、国益に資すると決定された少数のプロジェクト(国家主要プロジェクト)について、連邦政府による承認を促進するための法律です。アルバータ州は、先述の「西海岸原油パイプライン・プロジェクト」について国家主要プロジェクトの認定を得て、プロジェクトを迅速に進めることを目指しています。
新たに提出された法案は、昨年成立したBuilding Canada Actをさらに一歩進め、大規模プロジェクトについて連邦政府の審査と意思決定を迅速化し、「one project, one decision, within one year」、すなわち一つのプロジェクトについて連邦政府として一つの意思決定を原則1年以内に行うことを目指しています。一方、この法案には、すでに労働組合や環境団体などが懸念を示しており、議会での審議がどう進むのかを注目したいと思います。
しかしカーニー政権の政策の方向性は明確です。国内のインフラを強化し、カナダの資源をより迅速に国内外の市場に届けられるようにする。それによって輸出先を多様化し、特定の市場への依存を減らそうとしています。先ほど述べた「building strength at home and diversifying partnerships abroad」という考え方を実現しようとしています。
つまり、カナダも、自国の能力を高め、外国への依存を減らし、自国を強化して、自律性と強靱性を強化しようとしていると言えましょう。
こうして比べてみると、ウクライナとカナダは、米国との関係の方向性においては大きく異なっているものの、そのために国内で行っていることには、共通点があり、自国の能力を高め、外国への依存を減らし、自国を強化して、自律性と強靭性を強化しようとしているのです。
国際社会において戦略的競争が激化し、技術革新が加速し、不確実性が増す中、自律性と強靱性をいかに高めるかは、多くの国に共通する課題になっています。カナダもウクライナも、それぞれ全く異なる環境に置かれながら、それぞれが自国にふさわしいと考える方法でその課題に取り組んでいると感じます。
カナダのこうした取り組みがこれからどのように進んでいくのか、今後も注目し、今後も「オタワ便り」で皆さまにお伝えしていければと思います。
今回は、このあたりで。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
(了)
文中のリンクは日加協会においてはったものです。