地方自治体の国際化と日加関係〜熊本の場合

山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、日本とカナダの友好関係の発展を応援して頂いている皆様、こんにちは。

はじめに

3月の声を聞くと、街中は今も雪景色の真っ最中ですが、日没時間は日に日に遅くなり、そろそろ冬も終わらんとしていると実感します。そして、ここオタワでも「春眠暁を覚えず」の状況です。いつまでも惰眠を貪りたいという欲望と闘いながら、朝、ベッドから起き出すのが大変です。とは言え、起きてしまえば、日加関係の深化を反映して、実に様々な出会いと出来事と仕事が待っていて、極めて充実して寝る暇はありません。

そして、日々実感するのは、地方自治体が日加関係を含め日本と国際社会との関係深化に大きな役割を果たしているということです。例えば、2025年の訪日外国人数が史上最高の4,200万人を突破しました。その背景にあるのは、東京・京都・大阪のゴールデン・ルートを超えて、それぞれの地方コミュニティーの持つ魅力が観光客を惹きつけていることにあります。世界最大の交流プログラムであるJETも、実際の運営は地方自治体が担っています。姉妹都市交流が人物交流の絆を強くしているという側面もあります。

この関連では、オタワには、つい先日、大西一史熊本市長が来訪されました。本年2月初旬に、ワシントンD.C.で全米市長会議が開催されたのですが、日本から唯一参加したのが大西市長でした。折角の北米出張の機会だからということで、特産品のプロモーション、更には熊本とカナダの新しい連携も視野にオタワも訪問してくれたのです。外務大臣政務官、加日議連共同議長はじめ上下両院議員、カナダ外務省関係者と緊密に懇談されました。

と言う訳で、今回は、熊本の例に、地方自治体が国と国の関係を深める上で果たしている役割について考えてみたいと思います。

熊本との出会い〜私的なメモアール

熊本とカナダの関係について記す前に、全く個人的な話で恐縮ですが、私と熊本との出会いについて触れたいと思います。

長崎出身の私にとって熊本は有明海を隔てた隣の県ですから小さい頃から親しみがありました。とは言え、私の中で、熊本が特別な存在になったのは、今から32年前の1994年のことです。当時、私は、内閣官房副長官の秘書官をしていました。激動の時代でした。93年8月の日本新党・細川政権誕生、94年4月の細川退陣・羽田政権誕生。2ヶ月余の後、7月の自社さ連立により、社会党党首の村山富一政権が発足しました。官房副長官に就任したのが園田博之「新党さきがけ」幹事長。園田副長官の選挙区が熊本の天草。そして、園田副長官の秘書が政治家志望の若き大西一史さんでした。戦後50周年の「村山談話」、北朝鮮核問題、オウム真理教、阪神淡路大震災等々の課題が山積する中で、共に園田副長官を支えつつ、様々語り合ったのを昨日のように鮮明に憶えています。

その後、大西一史さんは史上最年少で熊本県会議員に当選。そして、政令指定都市の熊本市長を3期勤められています。官邸での経験もあって、国際交流は熊本の発展に欠かせないとの信念で市政を刷新。その一環で、私も講演に招いて頂きました。代表団を率いて韓国訪問された際には、私はソウル在勤中で彼の地での再会を喜びました。そして、今般は、オタワを訪問されたのです。

大西熊本市長によるオタワ訪問(山野内大使との面談)

写真提供: 在カナダ日本大使館

カナダと熊本〜食・学術・JET

そこで、熊本とカナダです。実は、長年にわたり培われて来た深い関係があります。思うに、3つの論点があります。

まず、食文化について。熊本と言えば、桜肉です。日本の食文化において非常に特別な位置を占めていますが、遡れば、豊臣秀吉の朝鮮出兵の時、兵糧が尽きた加藤清正軍が馬肉を食したのが始まりと言われています。江戸時代は、仏教の影響で、四つ足動物の肉食が忌避されていましたが、馬肉は「薬喰い」とされ、医食同源の扱いだったと言われています。熊本/肥後は、阿蘇に連なる火山地帯で牛よりも馬の飼育に適しています。また、加藤家・細川家の治世で馬の需要が高かったという経緯もあります。そして、現在、熊本で生産される馬肉の多くは、カナダから輸入された生体馬を肥育・加工したものなっています。カナダには広大な牧草地があるので、穀物によって上質な馬が安定的に肥育されています。更に、厳格なトレーサビリティー制度がカナダ産の生体馬への信頼の背景にあります。

1970年代、国内馬の飼養頭数が減少する一方、熊本の馬刺し重要が増大。そんな状況で、航空輸送技術の進歩があり、カナダからの生体場の輸入が拡大していきました。熊本ブランドが確立する一方、県内で馬肉用に供されている馬のおよそ半分はカナダからの馬です(令和6年)。カナダ側から見ても、日本は非常に安定した信頼できるマーケットで、馬が紡ぐ友情があります。

熊本の馬刺し

出典:熊本県観光連盟提供

もう一つが学術交流です。熊本には、若き夏目漱石が教鞭を取ったことで知られる旧制第五高等学校がありましたが、この五高に沿革を持つのが熊本大学です。そして、現在、熊本大学は世界各国の大学と学術交流を積極的に進めています。カナダとの関係では、アルバータ大学との間では1994年から提携関係があります。工学部を中心に「英語・文化研修セミナー」が毎年開催されています。短期留学を含めたプログラムが日加の学生交流を促進しています。また、この関連では、「オタワ便り」第30回でも紹介させて頂いたとおり、アルバータ大学に設置されている「高円宮日本語研究教育センター」も注目されます。

そして、JETプログラムです。「オタワ便り」第17回でも書きましたが、世界最大の交流プログラムです。カナダは、1988年以降参加し、これまでに10,000人以上が参加しています。米国、英国に次ぐJET参加大国です。語学教師、国際交流員、スポーツ交流の分野で外務省・文科省・総務省が関わっていますが、実際の運用は、地方自治体と地方の教育委員会によるものです。地方発の国際化です。熊本も当初から積極的に参加。多くのJET・OB/OGを輩出しています。

現在、当館政務班で勤務していているアンナ・レイナ=グリニョン職員は、JETで3年にわたり熊本市に勤務していました。市長に同行して来た職員と懐かしき再会を果たしていた様子は国と国の関係が人と人の関係の上に成り立っている証左だと思いました。

アンナ在カナダ日本大使館政務班職員(熊本での1枚)

出典:アンナ職員本人提供

最先端の半導体がもたらす新しい連携

そして、今、熊本とカナダの間で、最先端技術を担う製造・研究開発・人材育成についての連携の可能性が生まれて来ました。と言うのも、熊本には、半導体で世界を席巻するTSMCの第1工場があります。半導体生産に不可欠な地下水が豊富で、ソニー等の関連企業が周辺にありますし、台湾に近くサプライチェーンの観点からも適しているからです。2024年末より、12〜28ナノメーター(1nmは10億分の1メートルで、髪の毛の10万分の1程度)半導体の量産が始まっています。更に、第2工場の建設が昨年から始まり、2027年中に3nm世代の量産が計画されており、両工場併せると3,400人以上の直接雇用が見込まれています。

現在、熊本には、TSMC熊本の他にも、CMOS画像センサーで世界シェア50%のソニー、車載マイコン世界シェア30%のルネサスが立地しています。産業用先端半導体の世界的な生産拠点になり得る素地が整って来ています。

この最先端分野は、日進月歩、いや分速秒歩で科学技術が進化しています。グローバルな競争は苛烈です。同時に、21世紀の極めて厳しい地政学的現実の下では、最先端の半導体は、単なる産業製品ではなく、“戦略物資”です。

従って、半導体の製造のみならず、半導体を活用した新しいビジネスやイノベーションを創出し続けるエコシステムを構築することが重要です。そのためには、野心に満ちて才能豊かな若きスタートアップ企業の勃興が期待されるところです。スタートアップを担う人材を育み、ビジネス拡充に結びつけていくためには、一層の学術交流・人材交流が不可欠です。

熊本大学には半導体・デジタル研究機構が設置されています。カナダは、トロント大学のジェフリー・ヒントン博士のノーベル物理学賞受賞が象徴するようにAI・量子といったハイテク分野に優位を持っています。同時に、カナダは、半導体製造に不可欠なニッケル・コバルト・銅・レアアースといった重要鉱物資源を豊富に有する唯一のG7メンバーだという点も付言させて頂きます。

インバウンド観光の潜在力

かつて、日本の観光業は、主として修学旅行や社内旅行等の国内旅行を対象としていました。が、今や海外からの観光客を誘致する日本の新しい基幹産業へと進化しています。観光庁が発足した2008年の訪日外国人数は835万人でした。2019年には3000万人を突破し、世界の国別訪問者ランキングでも日本はトップ10に入るまでになりました。

新型コロナ感染爆発で、世界の観光産業は大きな打撃を受けました。日本も例外ではありませんでしたが、その後回復。2025年は過去最高の4200万人を記録しました。

そんな中、2025年に訪日したカナダ人は約70万人で、過去最大。アジア諸国以外では、米国に次ぐ2番目です。カナダの人口4100万人と地理的な条件を考慮すれば、カナダの日本への関心の高さを如実に示していると言えるでしょう。残念ながら、熊本を訪問した国別の訪問者数は正確なデータはありませんが、カナダ人の平均滞在日数は1週間程度ですから、東京・京都以外をも訪れているケースも多いと思われます。熊本も訪問先として人気が高まるものと期待されています。

実は、在カナダ日本大使館では、SNS発信の強化に取り組んでいるところです。当館Facebookに「Japan Gems」というコーナーを発足させ、毎月1回のペースで、各県をフューチャーし、歴史・文化・伝統・名所・食等をヴィジュアルに紹介しています。これまで10県を取り上げています。2月は、市長来訪に合わせて、熊本を発信しています。阿蘇山、熊本城、更にはラーメン等々熊本の魅力全開で、閲覧数も10万に届く勢いを見せています。

在カナダ日本大使館Facebookに掲載された「Japan Gems」熊本編

出典:在カナダ日本大使館提供

例えば、2025年2月には、加日議連共同議長であるクッチャー上院議員シーアン下院議員がそろって熊本を訪問。東京で日加議連関係者や外務省との会合に加え、是非熊本を訪問したいとの意向が示されました。それには、幾つかの理由がありました。熊本は、活力に富む地方都市の代表であること。具体的には、TSMC、自衛隊の駐屯地、馬肉の関係、JETや学術交流という点でした。

訪日後、両議長と詳しく話しましたが、訪問全体は有意義であったが、熊本訪問は特に印象的だったと述べてくれました。と言うのも、県知事・市長等々と面談や現地視察を通じて、カナダと日本の関係強化における地方自治体の果たす具体的な役割を目の当たりにしたからです。

熊本の名品の輸出戦略と天皇誕生日祝賀レセプション

締め括りに、天皇誕生日祝賀レセプションについて。洋の東西・国を問わず、全ての大使館にとって1年で最も重要な公式行事は、ナショナル・デーのレセプションです。国によっては独立記念日や革命記念日、ドイツの場合は、東西ドイツ再統一の日です。オタワには130余国の大使館・高等弁務官事務所がありますから、皮膚感覚では、平均すると毎週2〜3度、ナショナルデー・レセプションが開催されていて、各国とも趣向を凝らしています。

天皇誕生日祝賀レセプションにおける熊本市ブース

出典:在カナダ日本大使館提供

日本のナショナルデーは、天皇誕生日祝賀レセプションです、「オタワ便り」第11回でも紹介しました。2026年のレセプションについて、特に熊本との関連では、熊本市職員が来訪。特設ブースで、銘菓“陣太鼓”、郷土料理“からし蓮根チップ、球磨焼酎“白岳しろ”等の熊本の名品を紹介して頂きました。これらの逸品はレセプションに来たゲストに大変に好評で最後まで長蛇の列が出来ていました。非常に誇らしく思いました。

実は、カルガリー総領事館が開催した天皇誕生日祝賀レセプションでは、同様に長崎県が名産品を紹介し、アルバータ州関係者から地元から非常に高い評価を得ていたと報告を受けました。

地方の国際化は日本の活力そのものと言ってよいでしょう。

銘菓”陣太鼓

出典:在カナダ日本大使館提供

結語

日本を取り巻く内外の環境は厳しさを増しています。そんな中、基本的価値を共有するG7やTPPメンバーであり、豊かな天然資源を持つカナダとの関係は、ますます重要となっています。3月初旬には、カーニー首相の訪日も予定されています。国際情勢、政治・安全保障からビジネス、経済安保・エネルギー、更に文化交流まで幅広く議論されると思います。

日加関係が進展する中、首脳会談とは異なる次元で、人と人の交流が二国間の友好親善の礎であることは明らかです。そして、熊本の例を見るにつけ、人と人の交流を現実に担っているのは、全国各地の地方コミュニティーなのだと、改めて実感します。ビジネスの関係も、実際の研究開発・生産は現場で行われている訳です。

大使館としては、様々な形態でカナダとの交流を続けておられる自治体や関係の方々を今後ともできる限り支援して参ります。

(了)

文中のリンクは日加協会においてはったものです。

Ottawa/オタワ

Alberta/アルバータ州