4年3ヵ月の勤務を振り返って〜感謝と展望

山野内在カナダ大使

日加協会の皆様、日本とカナダの友好関係の発展を応援して頂いている皆様、こんにちは。

はじめに

私事でございますが、7月1日に、帰朝発令なる辞令を受けました。要するに、駐カナダ日本国大使の任務を終了して、日本に帰国ありたいという趣旨です。そして、今般、7月12日に帰国しました。 オタワ在勤4年3ヵ月は、あっと言う間の出来事でした。世に、「光陰矢の如し」と云いますが、正にその格言を実感する次第です。

オタワ赴任の頃

思い起こせば、カナダへの内示を受けて前任地のニューヨークから帰国したのが2022年2月でした。当時は新型コロナ感染の余波が色濃く残っていて、海外からの帰国者には強制隔離措置が取られていました。私と女房は高輪のホテルに収容されて、1週間ホテルの部屋から一歩も出ることなく、テレビで北京オリンピック観戦し、ニュースを見て、読書と音楽三昧でした。

2022年5月 着任直後の公邸と桜

写真撮影:山野内大使

その時のニュースで非常に印象に残っていることが二つあります。一つは、カナダの首都オタワでの「フリーダム・コンボイ」デモでした。これは、トラック運転手たちによる過度なコロナ対策に反対する多数の大型トラックによる示威行為で、連邦議会周辺の交通が麻痺し、市民生活に支障をきたしているという報道でした。世界で最も平和で安定している国の一つであるカナダの首都で、こんなバイオレントな事態が起きるのか、と驚きました(着任してから、その背景事情は理解するに至りましたが、 隔離中のホテルの一室で見たニュース映像は忘れられません)。

もう一つは、ロシアのウクライナ侵略です。私が隔離されていたのは、2月24日の侵略の1週間前でしたが、連日、ワシントン発のレポートも含め様々な視点から報道されていました。侵略は不可避という印象でした。40年余に及んだ米ソ冷戦が終わった後に国際社会にあった平和と繁栄への期待は既に薄れていましたが、最後に砕かれ、時代が決定的に変わる瞬間なのだと感じました。

強制隔離を経て、オタワへの赴任準備をする過程で、日加関係を担って来られた諸先輩やビジネス・リーダーの方への挨拶の機会を頂戴しました。日加関係に関する洞察力溢れる視点を伺い、生きた情報に接する日々でした。

そんな中で、特別な学びがありました。ハンプトン・グレイ大尉を巡る日本とカナダの関係についてです。これは、石川薫大使が教えて下さったのですが、グレイ大尉御遺族と女川町・神田家との間の長きにわたる友好親善の積み重ねです。 「昨日の敵が今日の友になるに」という大変に示唆に富むものです。しかも、ご多忙な日程を調整されて、実際に女川町まで私を連れて行き、女川町須田町長・神田義健氏にご紹介下さいました。その概要は「オタワ便り」第1回に記載されているとおりです。

その後、オタワに着任してからは、グレイ大尉御遺族とも交流を重ねました。特に、2025年8月には、カナダ海軍が新型の北極海哨戒艦を「ハンプトン・グレイ」と命名し、その式典に招かれました。なお、この件については、「中央公論」(2026年2月号)に書かせて頂きました。

2022年4月 石川大使と共に女川町役場にて

写真提供:女川町役場

日加関係の進化と強化と深化

さて、2022年5月に着任してからは、毎日が「発見」の喜びでした。知っているようで、知らなかったカナダの実情・魅力・実力・実相に圧倒され続けました。日加協会HPに連載させて頂いた「オタワ便り」は、そのような「発見」を皆様と共有させて頂く大変にありがたい場でした。

最終回にあたり、特に印象深い出来事を記したいと思うのですが、たくさんあり過ぎて選ぶのも一苦労です。が、5点に絞って皆さまと共有したいと思います。お付き合い下さいませ。

① インド太平洋戦略

まず2022年11月に発表された「インド太平洋戦略(IPS)」です。実は、前任の川村大使から、近々カナダ政府がIPSを発表する旨のブリーフィングを受けていたのです。オタワの政治・外交・安全保障関係者もメディアもIPSがそろそろ出ると語るのですが、なかなか出ませんでした。

カナダの歴史を紐解けば、英仏はじめ欧州諸国との関係が深く大西洋との親和性が高い訳です。そのカナダが史上初めて、包括的なアジア戦略を構築するのです。政治・安全保障から経済・ビジネス・エネルギー、文化人物交流まで多岐にわたる政策の取りまとめに時間を要するのも理解できます。その上、紙の上にウイッシュ・リストを並べるのではなく、予算的な裏付けも不可欠です。 

が、時間がかかった本質的な要因は、中国との関係をどのように整理するかでした。

経済ビジネス関係者にしてみれば、世界第2位の経済大国の14億人のマーケットは魅力です。 

一方、人権・民主主義の観点からは慎重な対応が必要です。特に「二人のマイケル」の拘束は許し難い暴挙でした。更に、国防・安全保障面では深刻な懸念があり警戒すべき対象でした。

IPS発表に先立ち、ジョリー外相が「2020年の中国は1970年の中国と違う」と述べたのは象徴的でした。

IPSの発表は、日本、米国、韓国、インド、ASEAN諸国によって歓迎されました。勿論、戦略の発表は素晴らしい、でも、書かれた内容の実践こそが核心です。各国もそこに注目しています。

そして、IPS発表から4年が経過しています。トルドー政権からカーニー政権へと変わり、米国は第2期トランプ政権です。国際情勢はますます混迷を深めています。そんな中、カナダが太平洋国家として、IPSで示した方向性に依拠して、アジアへの一層の関心と関与を示していることは評価されます。今後の展開が楽しみです。

カナダの「インド太平洋戦略」

写真出典:カナダ政府HP

② 北極圏視察

4年3ヶ月の在任期間中に心がけた事の一つは、日本の27倍という広大な国土を誇るカナダの全ての州と準州を出来得る限り訪れるという事でした。10州は公式訪問も含め何度も訪れました。

他方、ユーコン、ノースウエスト、ヌナブトの3準州は、商用フライトも限られていて訪問のアレンジは容易ではありません。とは言え、カナダを理解する上では、3準州訪問は不可欠でしょう。

そこで、カナダ外務省は2〜3年に一度、「北極圏視察ツアー」企画し、オタワ在勤の大使・高等弁務官を3準州に連れていってくれるのです。私は、2023年6月のツアーに参加しました。私を含め23人の大使・高等弁務官が10日間で11ヶ所、数々の出会い・驚き・感動に満ちた、総走行距離1万2,000kmに及ぶツアーから学びました。カナダという国家の持つ多様性を実感した10日間、人生を変える視察で、大いに見聞を広めました。あのツアーから3年余が過ぎましたが、今も広大な大地と心優しき先住民の人々の笑顔が胸の内に鮮やかに甦ります。一緒にツアーに参加した大使達との友情はますます強くなっています。

2023年 北極圏視察ツアー北極海を上空から見る 

写真提供:山野内大使

 このツアーで学んだことは多岐に渡りますが、5点だけ記します。

① 北極圏を巡る地政学的な厳しい現実

② 地球温暖化の及ぼす環境への深刻な影響

③ 地球温暖化がもたらすビジネス機会

④ 先住民の伝統・文化・生活

⑤ 学術面での国際協力の意義

ある意味、北極圏で今起こっていることは、将来、地球で起こることの予告編のような面もあります。 今後、北極圏を巡る情勢から目が離せないと思います。

③ LNGカナダ

カナダはエネルギー大国で、自給率は190%です。例えば、石油埋蔵量は世界2位、生産量は4位。天然ガスは世界第5位の生産国です。自国に必要なのは半分で、残りは輸出に回ります。ところが、昨年までは、天然ガスの輸出先はアメリカのみでした。必要なインフラが不足していたからです。

そして、昨2025年7月、遂に、カナダの天然ガスが米国以外の国に輸出され始めました。 それが国際コンソーシアム「LNGカナダ」です。BC州東部のモントニーから800kmのパイプラインで西海岸キティマットまで輸送して液化し、専用船で日本・韓国・中国などのアジア諸国に輸出するのです。

カナダの歴史上最大の民間投資で総額450億加ドル(約5兆円)の巨大プロジェクトです。この実現の過程には、新型コロナ感染爆発によるサプライチェーン麻痺など様々な問題・課題・難題が持ち上がりました。パイプラインが通る地域の先住民の方々の反対運動も本当に大変だったそうです。彼らの理解と支持を得るべく1万2,000回余に及ぶ個別のタウン・ミーティングを行ったそうです。 そうして、遂にプロジェクトが完成し、実際に輸出が始まり、日本にもカナダ産LNGが到着したのです。2025年9月にはLNGカナダ完成式典にお招き頂きましたが感銘を受けました。

現在、年間1400万トンの輸出量ですが、「LNGカナダ」には拡張計画があり、年間2800万トンにまで輸出量を倍増できるのです。そうなると、世界第2位の天然ガス液化施設です。

カーニー首相は、カナダを「エネルギー超大国」にするという国家戦略を描いていますが、「LNGカナダ」はその重要な柱です。

私は、バンクーバーの北方650kmのキティマットの液化施設を視察する機会を得ました。カナダ太平洋岸の大自然と共生してきた先住民ハイズラ族の故郷の地に、超モダンな天然ガス液化施設と専用船のための埠頭が忽然と姿を顕わす様は、カナダの新しい章の始まりを象徴していると思いました。

2025年7月 LNGカナダ 専用埠頭と専用船 BC州キティマットにて

左から倭島カルガリー総領事、山﨑三菱商事カナダ社長、私、高橋バンクーバー総領事 写真提供:山野内大使

従来、エネルギーなど天然資源を含めカナダには大きな潜在力があると期待される一方、4つの課題が指摘されて来ました。つまり、①インフラ、②規制、③先住民、④連邦・州の調整です。 これらの四つの課題は、どれも根が深く容易に対処できるものではありません。がしかし、「LNGカナダ」が構想から18年を経て実現し、更に拡張計画が動き出していることが、四つの課題が克服されつつあることを示しています。

現在イランを巡る情勢が混迷を深めていますが、ホルムズ海峡が閉鎖され、中東産原油の供給に問題が生じるにつけ、カナダ産原油への関心が高まる今日この頃です。

LNGカナダは、日本のエネルギー安全保障の選択肢を拡げています。

④ 文化・人物交流

大使の仕事は実に多岐に渡ります。朝起きて夜ベッドに入るまでの間、全てが何らかの形で公務に関わります。朝、昼、晩と会食が入ります。部内の会議から、会談、視察、表敬等々です。 それぞれに興味深いものばかりです。最終的には、日本とカナダの友好親善協力の進化と強化と深化に繋がります。と云うのは一般論として、その通りなのですが、特に、文化については、極めて大きな外交的な意義があると思っています。

公邸・大使館では、実に多様な文化イベントを開催して来ました。生花、盆栽、茶道、書道等々です。それぞれの分野の最高水準の作品が展示されます。

日本語弁論大会では、外国語としての日本語を駆使して、非常に充実した内容を発音と文法の双方で申し分ないスピーチが聴衆を魅力しました。

また、武道のデモンストレーションでは、柔道・剣道・空手のみならず居合道や弓道もその道の達人が密度の試技を見せてくれました。加えて、日本映画については、前回の「オタク便り」でも紹介したとおり、「オタワ日本映画週間」が始まりました。

この文脈で更に加えたいのが、日本酒・焼酎や日本料理のイベントです。地元のレストラン等との 共催で日本酒・焼酎が和食のみならず、幅広い料理を絶妙に活かす点もアピールしています。

日本料理の関連では、大使館シェフと大阪万博カナダ館シェフの協働による日加スペシャル・ディッシュを本年の天皇誕生日レセプションで振る舞ったところ大人気でした。

更に、大使館主催ではありませんが、「アニメ・オタワ」は週末に、オタクとコスプレ愛好家を筆頭に2万人以上が参集する一大イベントとなりました。私の前任地ニューヨークのアニメ人気に全く引けを取りません

アルバータ州レスブリッジで開催された北米初の「国際よさこい」フェスティバルも圧倒的な迫力でした。

2025年10月 北米国際よさこい祭り アルバータ州レスブリッジ

写真提供:日加トゥデイ

これら他にも、各地で毎年開かれている桜祭や夏祭りはじめ様々な文化関連のイベントは、極めて強力なイベントは日本文化の伝道師と言えるでしょう。

或いは、昨年だけで約70万人のカナダ人が日本を訪れましたが、一人一人の訪問客が滞在中に等身大の日本文化に触れられたのだと思います。それは、きっと長期間にわたるインパクトを持ち得るのではないかと思います。カナダからはリピーターも多いと伺いました。

本当に日本文化の持つパワーを実感する日々でした。

⑤ カーニー首相の訪日

現在の日加関係は、政治・国家安全保障、経済・ビジネス、エネルギー・食料安全保障、温暖化対策、科学技術協力、学術・文化・人物交流と非常に幅広くかつ進化した関係へと発展しています。

と云うことは、今や日加関係を支えているのは、政府首脳・閣僚・官僚だけではなく、ビジネス関係者、学者・有識者・ジャーナリスト、芸術家、一般の方々を含む多様な人々です。 それぞれの分野・コミュニティーで日本とカナダの関係が日々進化している訳です。

そんな中で、やはり、全体として日加関係を前進させる力を見せつけたのが、今年3月のカーニー首相の訪日でした。

高市総理との首脳会談・共同記者会見・夕食会は極めて前向き・建設的なものでした。個人的には、今さら日加関係を“包括的戦略的パートーナーシップ”とキャッチフレーズで描写する必要はないとも感じますが、両首脳が署名する共同声明は非常に意義深いと思います。しかも、日加間で具体的に取り組んでいく事項が「包括的戦略的ロードマップ」として明示されたことは極めて効果的だと思います。

外交において言葉は非常に重要ですし、コンセプトも大切です。が、一つの行動は万の言葉を費やすよりも雄弁です。両首脳が発表した「ロードマップ」には、①安全保障・防衛協力、②経済安全保障、③貿易・投資、④エネルギー・食料安全保障、⑤北極・環境・気候変動、⑥人的・文化的交流の6分野における日加両国が共同で取り組んでいく事項が明示されています。

2026年3月 カーニー首相訪日 公式日程を終えて、帰国の途につく前の談笑

写真提供:山野内大使

カーニー訪日から2か月後には、「ロードマップ」が着実にフォローアップされていることを証する、「チーム・カナダ貿易ミッション」が300人以上の参加を得て訪日しました。アジア太平洋地域ではカナダ史上最大だったそうです。そして、このミッションは、従来の国際貿易大臣だけではなく、国防大臣も参加した点が注目されました。と云うのも、最先端科学技術がビジネスのみならず、国家安全保障の未来に決定的な影響を及ぼす時代です。基本的価値、地政学的な視点、そして信頼を共有する日本とカナダがビジネス・国家安全保障が重なり合う分野での協力が一層進展しています。

2026年6月 チーム・カナダ貿易ミッション

結語

現在の国際情勢を観て実感することがあります。それは、今の世界を特徴づけているのは、①苛烈な地政学的な現実、②地球温暖化と脱炭素化、③最先端技術・ディープテックという3つの要因の相互作用だということです。

と同時に、エネルギー自給率11%、食料自給率38%の日本が、この厳しい21世紀を生き抜く上では、信頼できるパートナーが不可欠だということです。世界には、193カ国の国連加盟国と地域があって、日本は様々な分野で実に多くの国々との関わりを大切にしています。

そんな中、カナダは、資源大国にしてハイテクの最先端にあり、日本と戦略的利益を共有する同志国です。今後、日加関係がますます発展していくことを期待しています。

これまで4年余にわたり「オタワ便り」を連載させて頂き、心より感謝申し上げます。その際、オタワ或いはカナダで起こっていることや多様な分野で現在進行形の日加関係について、日加協会の皆様と共有させて頂くことは意義深いと感じておりました。

従って、来月からは、「新・オタワ便り」として、オタワの日本大使館から最新情報等を共有してもらえるように調整中であることを記して、筆を置きたいと思います。

ありがとうございました。

(了)

文中のリンクは日加協会においてはったものです。

Ontario/オンタリオ州

"

Ottawa/オタワ